マトリョシカ
4
教授B そういうわけだ。君は、来週一人でこれを報告してね。
教授B机の上の紙束を滑らせる。
暗転。
机の反対側に立ち、紙束を眺める学生A。
学生A えっ、ちょっとこの量を一週間ですか? できなきゃ、単位はやらん? やりますよ、やりゃーいいんでしょ。
暗転。反対側の椅子に座る。
教授B やって当然なんだよ、ゼミ報告なんだから。じゃ、来週までだからね。(退場)
さて、どうしよう。勢いが止まる。
第一幕第一場にあたるシーンは書けた。しかし、扱う判例(事件)まで考えてなかった。致命的だ。刑法の方が殺人とかあって、受けは良さそうなんだけど……民法の方が判決に至るまでの判断とかミステリに向いている気がする。調停とか、そんなイメージがあるからかも知れんけど、実際は知らない。判例になっているくらいだから、犯人も動機も方法すら分かっているだろう。
友人に借りた民法の判例集をぺらぺらめくってみる。名前だけなら、『カフェー丸玉女給事件』とかがメジャー所らしいが、事件らしい事件じゃないし。人が死なないって意味でだけど。
人が死ぬのは基本的に刑法の専門だよな、『勘違い騎士道事件』とか。勘違いで殺されたくない。
特にレイパーと間違われて、竜巻旋風脚でHP0とか。ゲームでも勘弁してもらいたい死に方だ。
でもこれは事件としては面白いかもしれない。死因は、竜巻旋風脚から昇竜拳による頭蓋骨骨折に変えるとしよう。被害者は、ボクシングスタイルを取ろうとしたのでなく、相撲の張り手をしようとしていたから、と若干の変化を加えてみるか。
そうして、出来た事案紹介は原文に忠実に模した結果こうなった。
日系アメリカ人で、空手ベースの暗殺拳の使い手である被告人(リュウ・ホシ)は、夜間帰宅途中の路上で、酩酊した女性とこれをなだめていたハート様体型の男性とがもみ合ううち、女性が倉庫の鉄製シャッターにぶつかって尻餅をついたのを目撃した。被告人は女性が男性に暴行を受けているものと誤解して両者の間に割って入った。被告人はその上で、女性を助け起こそうとし、ついで男性のほうに振り向き両手を差し出した。男性はこれを見て被告人が自分に襲い掛かってくるものと誤解し、防御するために自分の手を握って胸の前あたりに上げた。これを見た被告人は、男性が相撲の張り手で自分に襲い掛かってくるものと誤解し、自己および女性の身体を防衛しようと考え、男性の顔面付近を狙って殺傷力の高い昇竜拳をし、実際男性に命中させた。それにより男性は転倒して頭蓋骨骨折などの重傷を負い、一週間後にその障害に起因する脳硬膜外出血および脳挫滅によって死亡した。
我ながらいい出来だ、と関心していると最初は民法を扱うつもりだったのを思い出す。が、ここまで設定を作ったら勿体無い病の発作に襲われる。バックスペースキーが押せない。
また、別の懸念が生じる。
「うーん。やっぱりこの括弧はいらないかな? 悪ノリし過ぎじゃないか? 版権的な意味で」
余計だけど、いらなきゃ脚注に落としておけばいい。後で、この事件に名前をつけておこう。
さて、この判例の問題点は一つ。
この被告人は、正当防衛か。それとも、誤想防衛か、という点だ。一審では、正当防衛を認めているが、二審では逆転している。逆転裁判とは言ったものだ。最高裁でもそのまま、傷害致死罪の成立を認めた上で減刑を認めている。
「個人的には、コマンド入力的に昇竜拳は作為的だよな」
段々考えが、ゲーム的になってきた。一旦寝て、少しリフレッシュした方がいいかもしれない。