小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

夢の館

INDEX|28ページ/29ページ|

次のページ前のページ
 

 出口である玄関の扉に群がる奴隷たち。その頑丈な扉は囚われた人々を逃がしはしない。おそらく鍵を持っているのはマダム・ヴィー。この状況下に置いても、マダム・ヴィーに襲い掛かろうと考える奴隷はいなかった。
 しかし、Aは奴隷ではなかった。
「玄関の鍵を開けろ!」
「わたくしに命令する気? 誰もこの屋敷からは逃がさないわよ!」
 窓は全て嵌め殺し。さらに窓には鉄枠が格子に取り付けられており、硝子を割っても人が通り抜けることは出来ない。勝手口のあった台所はすでに爆発で倒壊しているだろうし、その場所に行くにしても廊下はすでに火の海だった。
 もうこの場所も時間の問題だ。
 マダム・ヴィーから鍵を奪わなくてはいけない。それが解っていても、長年の呪縛から逃れられず、躰が竦んでしまう。奴隷たちも、Mも、躰が震えている。
 渾身から力を振り絞り、Aが自由の利かない躰に鞭を打ち床を蹴った。
「鍵を開けろ!」
 燃え上がる大階段を背にして、悪魔が嗤った。
 飛び掛かって来たAに隠し持っていた短剣の切っ先を向けたマダム・ヴィー。
 躰の自由も利かず、さらに勢いのついてしまっていたAは、その刃を避けることができない。
 まるで引き寄せられるようにAの躰は妖しく煌めく切っ先へ。
 その時だった!
 大男がAの躰を突き飛ばし、自らがその刃の餌食に――。
 腹を刺された大男は表情ひとつ変えず、マダム・ヴィーの躰を振り払った。
 その時のマダム・ヴィーの驚愕したルージュ。
 松葉杖を放り出し床に倒れたマダム・ヴィーから、鍵の束が放り出された。
 急いでAは鍵を拾い上げ、立ち上がろうとした時、なぜか大男に激しく突き飛ばされた。
 何が起きたのかわからずAが大男を見つめ、それに気づき叫ぶ。
「父さん!」
 記憶が戻った瞬間、崩れ落ちた天井から巨大なシャンデリアが降って来た。
 その真下には大男と、そしてマダム・ヴィー。
「ギャァァァァァッ!」
 絶叫。
 地獄から聞こえて来たような紅い断末魔。
 床に叩きつけられたシャンデリアから硝子片が飛散する。
 思わずMは目を背けた。
「なんてこと……」
 燃え上がるシャンデリア。
 二号はAに肩を貸し、さらにMの手も引いた。
「行きましょう」
 その言葉は淡々としながらも、Mの手を握る手には力が入っていた。
 群がっていた奴隷たちが道を開け、玄関の前までやって来たAは、手に入れた鍵の束を一つ一つ試し、ついにその扉を開けた。
 奴隷たちが玄関の外へ流れ出す。
 屋敷が燃える。一刻も早くこの場を離れなくては危険だが、離れたい理由はそれだけではない。屋敷からだけでなく、この敷地内から一刻も早く離れたい。
 庭の先にある正門を越えてはじめて、自由が得られるのだ。
 鍵を持っているのはAだが、奴隷たちは我先にとAたちを抜かして正門へ向かう。
 AとMと二号。三人は並んでゆっくりと歩み出す。二号はAに肩を貸し、さらにMの手を引き、三人を結びつけながら。
 魔獣の嗤い声が背後から聞こえた。
 全身を地獄の炎に包まれた深紅の魔獣。
 牙を短剣に持ち替え、三つ足の魔獣が三人に襲い掛かる。
 いち早く気づいたのはMだった。
 目についた者を狙ったのか、それともはじめから彼女を狙ったのか、魔獣は二号に襲い掛かった。
 それをさせまいとMが立ちはだかる。
 惨劇は繰り返される。
 二号を庇ったMは脇腹を刺され、その姿はAを庇った大男――父に重なった。
 Mは魔獣を強く抱きしめた。
 蒼い夜がまるで紅い夕焼けを包み込むように、二つの影絵は交わった。
 いや、交わったのは、三つの影だったのだろう。
 灰が空に舞い上がる。
 母は言った。『いきなさい』――と。
 崩れ落ちた時間と影。
 声すら出せずAはその場から動けなくなった。
 それでも二号はAの手を引いた。
「いきましょう」
 二号に導かれAは正門へ向かう。
 そこにはすでに奴隷たちが扉が開くことを切に願って待っている。
 Aは悟った。
 この扉を開かなくてはいけないのは自分だと。
 それが宿命なのだと。
 鍵の束にある一段と大きな鍵。その鍵は天使の浮彫で模られていた。この鍵が地獄を模った門を開ける物だと直感を覚えた。
 天使の鍵を鍵穴に差し込む。
 奴隷たちは静まり返っていた。
 回される鍵。
 響き渡った鍵の開く音。
 嗚呼、ついに外への扉が開かれる。
 門を開けた奴隷たちだったが、誰一人として外に出ようとしなかった。彼が外に出るのを待っているのだ。その権利を与えられたのはA。
 Aは二号に肩を借りながら門の外に出ようとした。その時に気づいた門の外側の模様。皮肉なことに天使たちが戯れる模様だった。
 屋敷の内側から見る正門は地獄、屋敷の外から見る正門は天国。
 実際は天国の門をくぐった先にあったのは地獄だったと言うのに。
 そして、Aは自由の大地に立った。
 目の前に広がる青々とした緑。
 森を切り開いた小道がどこまでも続いている。
 この道は果たしてどこに続いているのか?
 寄り添って歩き出すAと二号。
 すぐに前方から馬に乗った男がやって来た。その男はAの前で馬を止め、蒼白な顔をしてAと前方で燃え上がる屋敷の影を交互に見た。
「いったい何があったんだ、マダム・ヴィーは無事なのか?」
 その言葉でマダム・ヴィーの関係者だとすぐに知れた。
 Aは答えなかった。
 代わりに二号が答える。「お館様は自らの炎に焼かれお亡くなりになりました――最期まで夢に抱かれながら」
 男は二号のフェイスマスクを怪訝そうに見ていた。
「マダム・ヴィーの奴隷か。それにしても、侯爵様が亡くなられた矢先だというのに、マダム・ヴィーまで……」
 マダム・ヴィーの策略によって寝たきりにされた領主X。見知らぬ場所ですでに亡くなっていたのだ。それはマダム・ヴィーにどんな運命をもたらす筈だったのか。
「僕たちにはもう関係のないことだ」Aは呟き二号と向かい合った。「もうこの君のマスクはいらない」
 Aは二号のマスクを外した。
 そして、少女の素顔を見て大きく息を呑んだ。
作品名:夢の館 作家名:秋月あきら(秋月瑛)