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枯淡 3

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六楽園児童養護施設。
六楽園音楽学校と同じ経営者で成り立っているそこは、保育所としても経営をしており、いつでも小さな子ども達の声が絶えることはない。
そんな施設には、保育所が隣接してある家屋の他にもう一つ、少々離れた位置にだが、施設敷地内に六階建てほどのマンションが存在していた。
そのマンションには受験を控えた子どもや、六学園の音楽学校に通うために下宿としてきているものなどが住んでいる。
滝本可奈も、そこの住人の一人だ。伯母の知り合いがここで働いており、紹介してくれたのがきっかけだったが…まさか、経営者が同じで、しかも自分のあこがれの人々が住んでいるところとは、夢にも思わなかった。

「あ、椿、おはよう」

玄関近くの中庭にいた黒猫の椿にそう話しかければ、こちらを向いて小さく鳴く。友人の話では自分が小学校に入る前からいたというから、この猫は結構なお年寄りだと思うのだが、そんな素振りは一切見せず、いつも軽やかだ。

「あれ、可奈。おはようさん。なんや、自主練に行くん?」
「一、おはよう。うん。一と、泰知は…お出かけ?」

お客様が来た時の、ちょっとしたソファー。そこに、手慣れたように今朝の朝刊をめくる、同級生の姿があった。手慣れたようにというか、ここの住人で朝刊を一番乗りで独占し続けているのは一なので、慣れているのも当然だと言った方が正しいのかもしれない。

「有美も一緒や。バイト。ついでに夕飯の買い出し」
「そう。あ、今日の献立は?」
「気ぃ早いなぁ…今日の特売品を見定めてからや。一、そっちの広告の束さっさとくれ」
「おぅ」
「……なんか、ちょっと負けた気がするよ、私…」
「気にするな可奈。こいつはそう見てきたからな。ある意味叩き込まれているんだ」

チラシの束をパラパラと流し見て的確にスーパーのチラシや生活必需品の載ったそれを選別する、学校での見慣れた姿とは違った姿は、未だに慣れない。

学校では、運動部の部長で、ちょっとやんちゃな感じがかわいい、とか女子に言われてるのに、こうなんだもんなぁ……

現実とは、随分と悲しいものである。

「む。洗剤が安い」
「なら買っとけ。こないだリョウ兄からもらった洗剤セットはもう無くなるし」
「早いね!?って、えっと…どこにバイトに行くの?時間大丈夫?」
「ん?あぁ、大阪やおーさか。どこやったっけ?」
「あぁ、○○市××の……海藤さんってとこだな」
「………………え?」

その名前は、聞き覚えがあった。
六楽園高校に入学することが決まった時、うちから通うのはどうだろうかと、電話してきてくれた、母方の伯母だ。確か、海藤という名前だったような…。

「ねぇ、その人さ、○○って、名前じゃない?えっと、奥さん」
「ん?あぁ、確かそんな名前やったと…て、何で知って…」
「え、いや、それ私の伯母さんの名前……」
「せやったか?あぁ、確かに近場の保証人で、大阪の親戚の名前とか、兄ちゃん達が言っとったなぁ」
「へぇ…」

泰知が思い出したように言えば、一が納得したように頷く。そういえば文化祭の時に両親は紹介したが、伯母たちを紹介したことはなかったのだった。

「伯母さんの家、なんかあったの?引っ越しとか?」
「いや、あ~……流石に依頼人の事情を勝手に話すわけにはいかないしな、帰ってきてからでいいか?本人にも聞くからさ」
「え、うん…」
「防音室の予約、何時からなん?もう9時やけど」
「えっ!?」





********************





「……というわけで、帰ったら、夕飯の支度もしてはあったけど、リビングで飯も食べずに頭抱えて唸っとった…と」
「はい…」

その内容はリン兄にどつかれるだとか座禅は嫌やとか、あの空間に放り込まれんのはもう嫌や勘弁して~……とかいう、どう考えても仕事の失敗というより、そのお叱りを受けることへの恐怖が勝っていた気がしたのだが…まぁ、その辺は言わない方がいいだろう。

「とりあえず、伯母の家から脅威はなくなったからって仕事は完了したみたいですけど…」
「そのお鉢が、こっちに回ってきたってこと。まぁ、大人組が何のフォローもせずに放りこんだのも悪いからね。報告を怠ったということで、秋頃に帰った時に少々言い含めるだけにしとくよ」
「ほどほどにしとき~」

その時、聞いたのだ。全員が全員というわけではないが、今、可奈の目の前にいる二人を含め、六楽園で育った人たちの中には、そういう…『超能力』や『術』、『魔法』といった、不思議な力を持っている者達がいるのだと。もちろん、園にとどまらず、世界中にそういった人々は多くいる。だがしかし、そういった力は基本的に人から信じられないことが多くまた迫害…といっていいのかはわからないが、他者を恐れさせるに十二分に値するということから、何も知らない第三者には基本的に知らせないことにしているのだという。だから、同じ家に住んでいる可奈も、また、ここで生活している子供も、知らない子が多い。また、それらを気味悪がって、ここに預ける親もいると皮肉な口調で泰知が語っていた。

「ま、泰知や一…それに、仕事に同行したんだから有美もか。何を言ったかは知らないけど、無暗に誰かを傷つけないようには教えてるつもり。もし誰かに力を行使したとしたら、それはその子がそれが妥当であると判断したからだ。俺は『人間』には『極力』使わないようにしてるし、ね」
「………………うさんくさ~…」
「うるさいよロウ。それに、ロウみたいに、サポートしてくれる心強い変わり者のおかげで、仕事は楽になったしね」
「変わり者とは失礼やなぁ」
「事実事実。さて、可奈。レッスン、再開しようか」
「はいっ!…あ、そういえばリン先輩」
「?」
「何で、標準語なんですか?」
「あぁ…あんまり元に戻しとると、区別つかなくなるからな。東京では、東京弁にしよ思うんよ」










********************










「あ~……椿ぃ、ほんっまに、ほんっまにリン兄おこっとらんかったんやな!?」

その日の夜の、六学園。一は宿題をしつつ、窓から入ってきた黒猫にそう問いかけた。
すると、声にはならない声が、しかし親しみやすい声が、室内に響く。

『くどいぞ、何回目だ?』
「18回目!不安なんやって…」
『説教くらいはあると思うが、そこまで怒られることはないと思うぞ』
「………………ほんまか」
『疑うなら、次の土日に東京に行って来い。旅費くらい、私がリンに行って出させてやるから』
「………なんや死亡フラグ自分で建てとる気がするから、えぇわ。ったく、椿は手厳しいなぁ…」
『他の奴らは甘いからな。リン達の代わりに私が厳しくしているだけだ』

そう。一が会話していたのは、窓から入ってきた猫の椿だった。
どういうわけだか、物心ついた時から六楽園にいた、黒猫。兄姉達の友であり、相棒であり、自分達にとっては最も身近な姉…うん。姉である。
もう15年以上共に暮らしているのに、老いる気配すらないこの黒猫がただの猫ではないことに気付いたのは、確か中学二年の頃だったと記憶していた。

「………ま、来週にも仕事はいっとるし、同じ轍は踏まんよう、気を付ける」
作品名:枯淡 3 作家名:佐上 礫