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一生懸命頑張る君に 1

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Episode.3 【人生経験不足】part.1



「・・・くん、田中君!」
「うわっ」
琥瑦はびっくりして顔を上げると、そこには紫乃の顔があった。
外は梅雨のためか黒雲が広がって、今にも降り出してきそうだ。
「・・・なに」
無愛想に答えると、紫乃は膨れた顔をしていた。
「ノート集めてるから、出して」
・・・何だそれだけか。
琥瑦はノートを出して、紫乃に渡すと、そのまま曇り空を眺めた。
紫乃のことは何となく見たことがあったし、武隆とよく話している女の子であるということも、見ていて分かった。
あと、陸部のマネージャーもやっていると聞いたことがある。
何となく、武隆には一方的に嫉妬のようなものを感じていることは、自覚していた。
武隆は今でも陸上をやっている。
自分との差を突き付けられているようだった。
そんな琥瑦を見て、紫乃はため息をついた。
「田中君ってさぁ、武隆君と仲いーよね」
不意にそんなことを投げかけられ、琥瑦は焦った。
紫乃がなんでそんなことを言うのかとも思ったけれど、それよりも、まだ武隆とは仲がいいと言えるのかどうか、自信が持てなかった。
今ではお互い避けているのに、なんでそう思ったんだろうか。
最終点のない質問が頭の中でグルグルと回っていた。
黙っていると、紫乃はメモに何やら書いて、琥瑦に無理やり握らせた。
「・・・明日の十時、そこの住所で待ってるから、絶対に来てね」
去っていく紫乃を、ただ琥瑦は茫然と見つめることしかできなかった。
外は、ぽつぽつと雨が降り始めていた。


琥瑦は行くか行かないかで迷っていた。
紫乃が渡した住所は、明らかに競技場だった。
(なんで、今さら・・・)
家に帰ると、母皐月が洗濯をしていた。
「・・・ああ琥瑦ちゃん、おかえりなさい」
「ただいま・・・」
いつからか、琥瑦は両親との距離を感じていた。
「・・・明日さあ」
「何?」
皐月はどことなく、疲れ切った表情をしていた。
琥瑦は何も言えなかった。
きっと、お母さんは俺のことで・・・。
そう思うと、なかなか声に出すことはできなかった。
「・・・いいや、何でもない」
疲れ切った顔でも笑おうとしてくれるのは、きっと、無理してるからなのだろう。

部屋に行くと、乱雑に鞄を投げ捨てて、ベットに倒れこんだ。
(武隆があの子に頼んだのかな・・・)
琥瑦にとっては今さらだった。
でも、内心嬉しかったのかもしれない。
なぜなら、誰かに認めてもらいたかったから。
(あの日から、何日が経っただろう)
気付けば、半年以上経っていた。
ということは、半年以上、武隆とも話していないということだ。
その間両親にも迷惑をかけた。
あんな顔をさせているのも、自分のせいだ。
ヘンな意地のせいで、沢山の人に迷惑をかけている。
(情けねぇな・・・)
枕に顔を埋めて、終わらないキャッチボールを続けた。
明日のことも。今のことも、過去のことも、もっともっと先のことも。
俺は考えていかなきゃならないんだ、と。

作品名:一生懸命頑張る君に 1 作家名:雛鳥