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あめのち

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 少年は玄関に向かう。靴をはいてドアノブに手をかけた。すると、ひそひそ声がすぐドアの向こうから聞こえてきた。少年は興奮して、勢いよくドアを開ける。そこには雨宿りをする二匹の野良猫がいた。猫は驚いたように雨の中へ逃げていった。
 ひそひそ声がぴたりと止まった。
「ねこのおしゃべりだったのかなあ?」
 少年は不思議に思う。
すると、今度はひそひそ声が頭上から聞こえ始めた。雨に構わず庭に飛び出て屋根の上を見あげる。ベランダと屋根の隙間に二羽の小鳥がいた。小鳥は少年に気がつくと飛び去ってしまった。ひそひそ声はまた途切れた。
「こんどはことりさんのおしゃべり!」
 少年はそう叫んで庭に視線を走らせる。動物の姿を探したのだ。しかし水溜りはあれど、動く物はどこにもいなかった。少年は玄関に戻って傘立てに向かった。外に出かけて動物を探そうと思ったのだ。すると、今度は家の中の方からひそひそ声が聞こえ始めた。
「また!」
 少年は傘を戻し、靴を脱いで家の中に戻った。そしてまたひそひそ声を探した。ひそひそ声は大きくなっている。少年は時折、そのひそひそ声から自分の名前を聞き取った。一体だれが自分の話をしているのか興味が沸いてくる。もしかしたら、ネズミのおしゃべりかも知れない。
 色んな部屋を探していくと、仏壇がある部屋にたどりついた。その部屋からひそひそ声は聞こえている。それは仏壇の方から聞こえてきていた。
「なんだろう……」
 仏壇の近くの床に、あの「ほうじせんたぁ」で見た、大きな綺麗な湯呑のような入れ物が二つ置いてあるのを少年は見つけた。伯父が、お父さんとお母さんは死んだんだよ、と言っていたのを思い出した。
声は入れ物から聞こえている。
 お父さんとお母さんの声だ、と少年は思った。少年は入れ物の前に座って、どうしてそんなところにいるの、と尋ねた。ひそひそ声はぴたりと止まった。
右の入れ物がお父さんの声で言った。
「死んでしまったんだ」
 左の入れ物がお母さんの声で言った。
「死んでしまったのよ」
 少年は、うそつき、と言って二つの入れ物を突き飛ばした。でも二つともとても重かったので、少し床を滑っただけだった。
 少年は泣きそうになりながら茶の間に戻った。テレビゲームを始めようとコントローラーを手に取った。すると突然テレビが言った。
「うそじゃないよ、ほんとの事だ」
 同調するようにテレビゲームが言った。
「死んでしまったんだよ」
 少年はコントローラーを放りだした。逃げるように廊下へ飛び出した。すると今度は壁が物を言った。
「死んじゃったんだよ」
 床が言った。
「死んだのよ」
 少年は目を閉じて耳を塞いだ。床にうずくまって全ての感覚を閉じた。声は聞こえなくなった。もう何も聞こえなくてもいいと本気で思った。
 やがて少年は泣き始めた。


 外では雨が止んで晴れになっていた。
作品名:あめのち 作家名:小豆龍