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あめのち

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雨が降り始め「梅雨の季節です」とテレビが言い始めたその日、一人の少年が親を亡くした。交通事故だった。一人息子の8回目の誕生日プレゼントを買うために街に出かけていた時、信号無視をした車に突っ込まれてしまったのだ。
 誕生日に両親を亡くした少年は今、お葬式に出ている。
 少年にはまだ実感がない。正月やお盆にしか顔を合わせない親戚が突然やって来て、あたふたと何やら働き始めて、気がつけば皆黒い服を着て、少年も黒い服を着せられて、今は両親の顔写真が乗った、仏壇を豪華にしたようなものの前に座らされている。
 お坊さんが奇妙な調子で何か言っている。
 雨の音がそこに加わり、少年はうつらうつらと眠くなってきた。気がつけば寝ていた。
 目を覚ますと少年は車の後部座席にいる事に気がついた。隣には高校生の従兄が暗い顔でうつむいている。従兄は少年が目を覚ました事に気がつくと、無言で頭をなでてきた。少年は従兄が泣いている事に気がついたので、どうしたの、いじめられたの、と尋ねた。従兄は首を振った。それでも泣いているので、少年は、変なの、と言って窓の外を見た。雨がまだ振っていた。
少年の乗った車は、「ほうじせんたぁ」という所に着いた。少年はきっと「じどうせんたぁ」や「げぇむせんたぁ」の仲間に違いないと思った。「じどうせんたぁ」も「げぇむせんたぁ」も楽しいところだ。「ほうじせんたぁ」も楽しいところだろう。でも建物には「ほうじせんたぁ」と書いてあるのに、親戚は皆、「さいじょう」と言っていたのが不思議だった。
 少年にとって、楽しいところという予想は少しだけ正しかった。親戚みんなでお菓子を食べ(何と食べ放題だった!)、たくさんおしゃべりをしたのだ。途中の伯父さんの長い話や、暗い雰囲気や、お父さんやお母さんがいないのは嫌だったが、我慢できた。もう小学生だから頑張ったのだ。
「これから霊柩車が来るからね」
 従兄が言った。
「きゅうきゅうしゃのなかま?」と尋ねると、従兄は少し考えて、うん、と頷いた。少年は、今日は色んな「なかま」を見つけるなぁ、と思った。
 霊柩車は、大きな大きなそれは大きな長い箱を二つ運んできた。それは「棺」と呼ばれているものだった。
 お父さんのお兄さん、伯父に呼ばれたので行ってみると、だっこをされた。そしてその大きな箱を覗きこまされた。左の箱にお父さん、右の箱にお母さんが寝ていた。
「お父さんとお母さんにお別れを言おうね」
 少年は首をかしげた。
「なんで?」と尋ねると、伯父は目線をあちこちに迷わせた。少年はその視線を追いかけた。親戚が次々と目を反らしていく。伯父さんは一度、口を真一文字に結んで、ごくりと咽喉をならして言った。
「お父さんとお母さんは、死んだんだよ」
 少年は首をかしげた。
「まだ、分かんないか」
 伯父はそう言って、少年を下ろした。
 少年は理解できなかったのではなかった。学校でのケンカは「しね!」で始まって「ごめん」で終わるし、蟻を踏みつぶして殺したりすることある。死の意味はちゃんと知っている。ただ、お父さんとお母さんが死ぬわけないのに、おじさんは変な事を言うなぁ、と思ったのだった。
伯父は長い箱に手を合わせた。それから、親戚全員が伯父と同じ事をするために列を作った。
やがてその長い箱は、奥行きのある棚のような場所に入れられた。これから火葬されるのだが、少年はお父さんとお母さんが新しい遊びをしているのだと思った。
「ねぇ、ぼくもあれやりたい」
 少年が言うと、伯父が、え、という顔をした。
「何だって?」
 少年は説明しようと思ったが、長くなりそうで面倒になってくる。少年はなんでもない、と言って説明するのを止めた。お腹も空いてきたのだ。伯母が、お昼ごはんを食べよう、と呼んだせいでもあった。
 お昼ごはんはおにぎりだった。とても大きいおにぎりで、少年は一個でお腹いっぱいになってしまった。従兄が五つも食べたので、すごいなぁ、と感心した。
「ほうじせんたぁ」で働いているらしい人が、終わりました、と厳かな声で言った。親戚達は突然静かになった。さっきお父さんとお母さんの入った箱がしまわれた、棚のような場所に集まるらしい。少年はお腹がいっぱいになったので眠かったが、従兄に促されたので一緒に行った。
棚の中から取り出されたのは、鉄の大きなトレーのようなものだった。その上には白い粉っぽい物体がいっぱいあった。
従兄が神妙な顔になってそれを見ていた。少年は瞼の重さと戦いながらそれを見ていた。
その白い粉っぽい物体は、綺麗な大きな湯呑みたいなものに移されていった。親戚が一人一人、大きな箸でその物体をつまんで入れていった。入りきらないので「ほうじせんたぁ」の人が、ざっくざっく、とその物体を砕きながらスペースを開けた。何とか全部入りきった。
それをもう一回した。
 少年はもう眠いのが我慢できなくなってきた。眠い、と伯母に言うと、もうちょっと我慢して、と言われた。「いや」と少年はだだをこねる。従兄がおんぶしてくれたので、その背中で寝ることにした。
 目が覚めると、今度は家に帰って来ていた。
「今日はお泊りするからね」
 従兄がそう言ったので少年は、わぁい、と喜んだ。早くお父さんとお母さんが帰ってくればもっと楽しいのに、と思った。
 朝になった。まだ雨は降り続けている。伯父さんと伯母さんと従兄に、おはようございます、と挨拶をした。
伯父さんが笑顔で言う。
「今日からしばらく、学校を休もうな」
「なんで?」
 少年が聞く。
「お父さんとお母さんがいないからだよ」
「おとうさんとおかあさんがいないと、がっこうをやすむの?」
「そうだぞ」
 よくわからなかったが、伯父さんがそう言うのだからそうなのだろう。少年は家で伯母さんとお留守番をすることになった。
 少年は茶の間で、従兄のテレビゲームを借りて遊んでいた。外では雨が降っているし、クラスの友だちはみんな学校に行っているから、そうするしかなかったのだ。従兄のゲームはどれもオトナな感じがして、思う存分それで遊んでいる自分もその仲間入りをしている気分になってくる。でも段々ゲームに集中できなくなってきて、楽しくなくなってしまった。変な声が聞こえてきたのだ。それは小さな小さなひそひそ声で、周りのどこからでも聞こえてくるような気がした。
 少年はその声の出所を探す事にした。
 今いる部屋から始まり、廊下、台所、玄関、客間、茶の間、二階の部屋とひと巡り。しかし声の居場所は分からない。そこにいるのかと思ったら、いつのまにかひそひそ声は別の場所に移動しているのだ。
「どうしたの?」
 食器洗いを終えた伯母さんが少年に尋ねた。
「ひそひそしてる」
「ひそひそ?」
 伯母は首をかしげたが、気にしない事にした。少年が一人遊びをしているのだと思ったのだ。
「おばさんもさがしてね」
「うん、分かった」
 伯母さんはそう言って洗濯の用意を始める。少年はまた声を頼りに家じゅうを歩き回った。
「そと、かなぁ」
作品名:あめのち 作家名:小豆龍