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君僕リレイション【relation.1 クラスメイト】

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 しかし、なぜ蓮見がそれを?
 拓巳は蓮見と面識があるようには――それに、内気な拓巳があのピンのことを吹聴するわけがないし――― 
「たかが同じ図書委員ってだけ、にしては仲がいいね。まあしょうがないか」
 混乱する俺を嘲笑うように、蓮見はことさらゆっくりと―――座る俺の肩に手をかけ、耳元に囁く。蝶の羽を毟る子供のように楽しげな、己の優位を確信した笑みで、それを。


「だって、彼は■■■■■だから」


 ―――俺しか知らないことを。


 目の前が、真っ白になる。
「お前……っ、なんで、知ってる」
 気づけば振り返って胸倉を掴んでいた。押し殺した声は、手負いの獣の唸りのよう。
 しかしそれはより奴の笑みを深くしただけだと知り、手を離した。
「なんなんだよ…いったい」
 そう吐き捨てると、蓮見は待ってましたとばかりに手の内を披露する。
「僕はさ、『関係性』ってやつが見えるんだ」
 予想もしなかった答えに、目を見開いた。
 なんだそれは、理解が追いつかない。俺の表情に気を良くしたように蓮見は笑う。
「矢印?ベクトル?……まあそんな感じ。まるで漫画のキャラ相関図みたいにね、僕は誰が誰とどういう関係なのか、どう思ってるのかがわかるのさ」
 蓮見はもう、輪の中心で飄々とうまくやっている大人びた生徒ではなかった。
「さっきのはね、君とあのヘアピン、それと後輩君を繋ぐ矢印を見ただけ」
 嫌でもわかったさ、その本性はきっと、ひどく子供じみた――くそ、まるで、秘密基地に隠した宝物を見せる子供みたいに、得意気な顔をしてやがる。
「だから、それで?」
 あまりにも馬鹿げた、それこそ拓巳が読んでるラノベや漫画に出てきそうな設定―――能力。
 そんなの俺はどうだっていい。今日初めて話したクラスメイトに嬉々として『秘密』を語る目的なんて、ろくなもんじゃないのだ。彼は俺に、いったい何を求めているというのだろう。最初によぎった疑問が、また頭をもたげてくる。

「僕と友達になってよ、夏野」
「……はぁ!?」

 案の定、蓮見の目的はろくなもんじゃなかった。
「僕はさ、素を曝す捌け口……いや、何でも話せる友達が欲しいんだよね」
 本音は前者だろ、絶対。わざわざ綺麗な言葉に言い直すところがなおさら性質が悪い。
「なんで、俺なんだよ?」
「夏野はさ、クラス内ではちょうどいい位置なんだ」
 不満を隠さず伝えると、蓮見は嬉しそうにまた、長々と『理由』を垂れ流し始めた。
「一人でいることが多いけど社交性は十分あって、権力と無縁で、正負どちらの強い感情も向けられてない。僕の秘密をバラしても信じられはしないし、利益もないからバラさない。完璧だ」
 ああそうかい。まったくもって、手前勝手な理由だ。ここまで身勝手だといっそすがすがしいな。
 浮かぶ感想を口には出さずに、黙って続きを待つ。何か余計なことを言って、これ以上話が長くなるのはごめんだった。
「そしてまあ、これは僕の好みなんだけどさ――」
 意味深な調子で、耳元で低く囁く。
「クラス外での面白…複雑な人間関係」
 ――だから、本音丸わかりなのに言い直すなって。
「趣味なんだよね、そういうの進展させたり、壊したりするの」
 そう言って、蓮見は楽しそうに楽しそうに――やっぱり子供みたいに笑った。
「…お前って、よく喋るな」
 言ってることは最低だが、何故か憎めない子供。
 蓮見志麻に対する俺の感想は、今のところそんな感じだった。
「で、本を読む方ってのは本当なのか?」
 続けた俺の言葉に面食らったのか、蓮見はきょとんとした顔つきで無駄口も叩かずコクコクとうなずく。それを確認した俺は、席を立った。
「夏野?」
 慌てて俺を追おうとした蓮見は、その行き先が近くの本棚ということに気づき立ち止まる。何冊かの本を手に取り、「?」という顔をして待っていた蓮見にそれを突きつけた。
「俺の、おすすめ」
 今俺が追ってるシリーズの1~3巻と最近拓巳に薦められて読んでみたライトノベル1冊。ちなみに、男子が結構重いと感じるということでページ数は察してくれ。
「とりあえずこれ全部読んだら話しかけろ」
「え?」
 突拍子もない俺の言葉に、蓮見はぽかんと口を開ける。さっきまで余裕ぶっていた奴の間抜け面に、俺はにやりと笑みを突きつけた。さっきまで驚かされてばかりだったから、気分が良い。
「というわけで、俺はこれから拓巳とダベってくからお前先帰れ」
 相手が混乱しているのをいいことに、出口の方を向かせ、背中をぐいぐい押していく。
 蓮見の手は俺が渡した本で塞がっていたため、戸は開けてやった。
「じゃあな」
「夏野」
 笑顔で戸を閉めようとすると、焦った声が割り込む。
 まだ完全に自分のペースを取り戻したわけではなさそうだったが、こちらを向いた蓮見は自信の滲む笑顔で言った。
「また明日」
 ため息をつきたい気持ちを抑え、ひらひらと手を振ってやる。
「ああ、また今度な」
 そして、今度こそ戸を閉めた。

「……」

 足音を見送って、カウンターに突っ伏す。疲れた。すごく疲れた。
「あ、やべ…貸し出しカード書かせんの忘れた」
 やっぱり、結構俺は動揺しているらしい。まあ状況的に動揺しないわけがないというか。ようやく嵐が去ってくれても今度は色々考えてしまうわけで。蓮見性格悪ぃなあとか蓮見の言う『能力』は本当に本当なんだろうかとか。まあ8割本当だろうけど。嘘つく意味なんて愉快犯の可能性はあるがにしては荒唐無稽すぎる嘘だし、何より俺しか知らないことを知ってる。
 誰をどう思ってるかわかるなんて、そんなの……そんなの恥ずかしすぎる。知られてることを知らないならいいけれど。
「何なんだよなーあいつ。ちょっと選択誤ったかなぁ」
 なんだか面倒くさいやつに目をつけられてしまった気がする。
 逃げられないだろうなってことは何となくわかったから早めに妥協して俺が優位になる余地を作ったけれど、逃げ切れる可能性もあったんじゃないか?とか思う、正直。
(僕と友達になってよ、ねえ)
 今時珍しいストレートな言葉を思い出す。
(意外と馬鹿正直だよな、あいつ)
 まあでも、面白がってる自分がいることも、本当だった。