君僕リレイション【relation.1 クラスメイト】
食事や洗濯は当番制にしているので、寮生の中ではまともな生活を送れている。うん、協力体制ってすばらしい。たまに踏み倒されもするが。
「歌、歌ってたね」
「ん?ああ、バンドやってるからな。作曲とギター担当」
「コピーじゃないんだ?なんだか、本格的だね」
「好きなんだと、作曲が」
「ふうん」
「なんか、ボーカルは他校のやつで―――」
「夏野」
「っと、なんだ?」
少し、面倒そうな――つまらなそうな顔がそこにはあった。あまり興味もなさそうに、質問を投げかける。
「彼は普通科だよね。なんでわざわざここに?」
「俺がこの場所教えたんだ『人がいなくて開放的なところ知らないか?』って聞いてきたから」
「ぴったりだね」
きょとんとして答えを教えると、また気のない返事だ。
「だろ。……ああ、どうする蓮見。ここでいいか?」
「遠慮するよ。彼の邪魔しちゃ悪いしね」
「智弘は気にしないぞ?集中したら何も聞かなくなるタイプだから」
「それでも、ね」
ならしょうがない。蓮見は妙に機嫌が悪そうだし、智弘は完全に自分の世界だし、とっとと別の場所に向かうか。
―――さて。
「……まだあったかいし、大丈夫かな」
「は?」
「よし、行こう」
思いついた場所は、読書するのに一般的な場所ではないかもしれないが、それは俺の感性を信じた自分を恨め蓮見。というか本なんて本さえあればどこでだって読めるんだ、なんだってこいつはそんなこと頼んだんだろう。
……考えているうちに着いてしまった。
「えっと……ここは」
「校舎裏だ。人気もないし静かだし素晴らしいじゃないか」
きっと蓮見はそういうつもりで聞いたんじゃないんだろうが、あえてそう答えてみる。まさか蓮見もこんな微妙な場所に連れてこられるとは思わなかっただろう。声には戸惑いが混じっていた。
「立って読むの?」
「いやそこにコンクリの部分にいつもはにすわ」
「夏野?」
変なところで言葉を区切った俺を、いぶかしそうに蓮見は見た。しかし俺はそれどころではない。見つけてしまったのだ。
「亜ぁ希ぃ~」
「あ?」
コンクリの出っ張り部分に隠れるようにしてしゃがみこんでるあの金髪頭は、間違いなく俺の一つ下の弟、夏野亜希(なつのあき、夏の秋。こいつもなんだかよくわからない名前にされてしまった同士なのだ)だ。
それだけなら何ら問題はない。それだけ、なら。
「お前またタバコ……背ぇ伸びなくなるぞタバコ税高いんだぞ」
俺の弟は性懲りもなく、咥えタバコにうんこ座りという不良スタイルをキメている。まったくこいつは、せめてタバコはやめろ肺が死ぬぞと説教しても聞きやしない。
「後半意味わかんねー」
「お前の財布を心配した」
「お前に関係ねーだろ」
「いや兄だし俺。超関係者だし」
「だいたい背だってほぼ同じだろーが。タバコ関係ねーよ」
……そこを突かれると痛い。まだギリで勝っているが、最近の測定経過を考えるとそろそろ弟に抜かれるという屈辱を味わえそうだ。
「まぁとりあえず、これ没収な」
「は?じゃあ金払え」
「タバコに払う金はない」
「うぜー」
しばらくそんなやりとりをしていたが、俺のうっとおしさがタバコへの未練に勝ったらしい。やがて、タバコの箱を取り出すと俺の方に放り投げた。
「ったく……酒の時は何も言わなかったくせに」
「臭いが嫌なんだよ。弟までヤニ臭くなるのはごめんだ」
「今度煙ふっかけてやるよ」
そう言い捨てると、亜希はさっさと行ってしまった。
きっと安心してタバコが吸えるところを探しに言ったんだろう。箱の感触から考えるにおそらく、何本か抜いて渡しただろうから。さすが亜希、微妙にセコい手を使いやがる。
「っと、悪い蓮見。アレ、俺の弟なんだよ」
……と、また蓮見を放置してしまった。また不貞腐れてるだろうか。
「ふぅん。ずいぶん荒れてるね」
「あー、まー仕方ないっちゃー仕方ないんだけどな?」
しかし返ってきた声は、内容とは裏腹に妙に弾んでいた。表情も、玩具を見つけた子供のように輝いている。いったい何なんだ?さっきは機嫌悪くしてたくせに……こいつの基準がよくわからん。
「……なんでわざわざ特進科の校舎にまで来てたんだろうね?」
蓮見は興味を引かれた様子で、遠くなった亜希の後姿をちらりと見やる。
聞くまでもなく普通科だと断定されてるぞ亜希……ま、普通科だけど。
「見つかりにくいから、らしいぞ。先生とかに」
「ふぅん……なんだかんだで夏野も見逃してくれるしね」
「一応弟だしな。親にバレるとこっちもめんどくさいし」
「そんなもん?」
「そんなもんだ」
**
最終的に向かったのは―――図書室だった。ここは本を読むためにある場所だ、文句はないだろう。
それに、「本を読む場所」なんて、口実なのだ。おそらく、蓮見には他に何か目的があるのだろう。のらりくらりと時間を引き延ばされるうちに、やっと気づいた。外はもう薄暗い。きっと……切り出されるとしたら、ここだ。
「あ……先輩っ!」
そんなことを考えながら引き戸をスライドさせると、見知った長身があった。
「よ、拓巳。今日当番だったんだな」
「はい、今日は人が少なくて……静かで良かったです」
同じ図書委員である後輩―――相馬拓巳は、俺を見ておずおずと微笑む。内向的な性格が現れている長めの前髪は、今は、三分の一だけ赤いヘアピンでとめてあった。これで少しは周囲に心を開きだすといいのだが。
「由希先輩っ、今日は、何か借りていかれるんですか!?」
生来の人見知りのせいか、単に蓮見のことが見えていないのか、拓巳は俺の隣には視線も向けずにそんなことを言った。「何かしてほしいことありますか?」とでも言いたげな視線に苦笑する。心を許せる相手が少ないせいか、どうも拓巳は一度親しくなるとかなり懐く性格らしいのだ。
「んー、なんか適当に、おススメとかあったら借りるわ」
とりあえず、事情を説明するのも面倒なので、適当にかわしておく。俺の言葉に、拓巳はいそいそと本棚の方へ向かった。……お前、カウンターはいいのか。
「……で、蓮見。ここならいいだろ?」
手近の机に座り、まだ立ったままの蓮見を見上げる。今度はどんな顔を――意外と、気分を顔に出す奴なんだなとこの数十分で知った――するかと思ったが、蓮見はにやにやと、玩具を見つけた悪童のように笑っていた。
「夏野ってさ、」
「うん?」
「どんなタイプが好み?」
意図のわからない質問を投げかけた蓮見は、近くの本棚に目を走らせると、またにやにやとタチの悪い笑みを浮かべる。
「え?あーなんか、クールな感じで、髪が長い子とか好きだけど」
「ふぅん」
自分から聞いてきたくせに、気のない返事だ。
まあ、そんなことは今はどうでもいい。
「だから、なんなん……」
いい加減焦らされるのにうんざりして、少し声に苛立ちが混ざる。しかし、蓮見は楽しそうな表情を崩さなかった。
「あのヘアピン、夏野があげたんだね」
え――?
唐突な、あまりに唐突な言葉に声をなくす。確かに、アレは前髪がうっとおしいのと少しは周りに目を向けろという意味で俺が拓巳に渡したものだ。本当につけるとは思っていなかったが。
作品名:君僕リレイション【relation.1 クラスメイト】 作家名:白架