無題Ⅰ~異形と地下遺跡の街~
どのくらいそうしていたのか、外が少しずつ夕焼けに染まり始めたころ、鬨に異変が起こった。どんな夢を見ているのか、苦しそうに唸っている鬨の額には、脂汗がにじみ出している。布団をきつく握りしめる指には、いったいどれほどの力が入っているのだろう、関節部分が白くなってしまっていた。
その指をなんとかほどこうと手に触れると、今度は自分の手を掴まれた。
その掴む強さに、眉をひそめながら無意識に握りかえす。そして、流石に起こさなければ、と、鬨の肩にもう一方の手を置き揺する。
「おい、鬨!鬨、おいって!!」
「ぐ・・・ぁ・・や、め・・・・!!!」
うなされる鬨からは、「やめろ」だの「くるな」だのという拒絶の言葉がひっきりなしにこぼれている。
「鬨!!」
「・・・・・っ!!!!」
一層大きな声で呼ぶと、鬨はようやく目を覚ました。
その瞬間に、肩に置いてあった手を払いのけるように鬨の手が動き、一瞬で手を首筋にあてられた。
何が起きたか、一瞬分からなかったヴェクサは、ただ動けずに鬨の顔を凝視していたが、ようやくその状況を理解した。
はっ、という風に開かれた目は、まだ恐怖の名残を残していた。
その目に、いつもの輝きは無く、据わっているが、何処か鋭く暗い光を宿してた。
しかし、それもすぐに収まり、ヴェクサを認識したらしい鬨はすぐに首筋にあてていた手をのける。
「やっと起きたか・・・大丈夫か?」
「・・・・・あぁ・・・・悪い・・・」
乱れていた息を整える合間に言われた言葉は、もう既に冷静さを取り戻そうとしていた。
「びっくりしたぜ?いきなりうなされ始めるから」
「・・・・・昔の夢を見たんだ。・・・内容はよく覚えていないが。それだけだから気にするな」
「昔の夢」とひとくくりにされたそれに、気にならないわけはなかったが、深くは追求せずに「そうか」と言っておいた。
「悪い、寝てたんだな」
そう言って、体を完全に起こし、ベッドに座る。その額にはまだ汗が玉を作っており、鬨の顔色もあまり良好と言えるものではなかった。
「いや、気にしなくていい。疲れてたンだろ」
だが、その一言で済ませたヴェクサは、さりげなくそれを見なかったことにした。
なぜか、この話はあまりしない方がいいような気がして。
作品名:無題Ⅰ~異形と地下遺跡の街~ 作家名:渡鳥