無題Ⅰ~異形と地下遺跡の街~
※ここから先グロ注意!!※
背中や腕、頭・・・と、何本ものコードやチューブが繋がれており、その手足は例外なく縛られ、動けないようにしてある。目は閉じられ、開けられない様に縫い付けられていた。
瓶の中は液体で、たまに口に繋がれた空気を送るためのものであろうチューブの端からゴボリ、と空気の泡が出ている。
「生きて」いる。
「こいつらがなんなのか、俺は知らない。だが、「あれ」がこいつらの「なれの果て」だってことは知ってる」
「こいつらは、いったい―――」
「・・・ここが、いったいいつ造られて、誰のために誰が造ったのかは知らないが、何のために造られたのか、俺は知ってる。というより、知らざるおえなかった」
「ここは、「人間」を造るための、「実験場(こうじょう)」だ」
そうヴェクサが言った途端、目の前が真っ暗に染まった。
吐き気が、する。立っていられない。見たくない。ここは、いやだ。
「おい?鬨?・・・お前、大丈夫か」
顔が白いを通り越して蒼白になっている鬨に気付いたのか、ヴェクサが鬨の肩に手を置く。それにはっとなって、鬨は詰めていた息を吐きだした。今まで呼吸の仕方を忘れたように止めてしまっていたらしく、苦しさに自然と息が掠れた。
「まぁ、無理はねぇな。俺なんか初めて見たときには吐いたし、お前はまだましな方だ」
正直言うと今にも吐きそうだし意識も定かかどうかわからない状態ではあるが、鬨は自前の精神力と気力でなんとか耐えていた。ただそれだけだ。
「・・・「なれの果て」っつーのは・・」
「あぁ、・・・見てればわかる。そうだな・・・あれなんてそろそろだな」
ヴェクサは手前にある、瓶を一つ指差す。その指の動きにつられて鬨も目線を動かした。
鬨よりも幼いであろう少年が入ったその標本瓶に、異変が起きたのは鬨が視線をその瓶に移した直後だった。まるで鬨に見られたからとでも言うように、ゴゴ、という音がして、瓶の中の液体がなくなっていく。液体は太い管の中を通って何処かに吸い取られていっている。それに伴い、少年の液体に浮いていた体は下にさがっていく。上から吊るされるように繋がっていたコードやチューブが重力に従った少年の体重に耐えられず、ブツブツと抜けていく。それに従って皮膚からは少量の血が流れ出していた。
その光景を見ていた鬨は、先ほどに感じた吐き気をもう一度感じることになった。
それを察したのか、ヴェクサが「大丈夫か」と聞いてきたが、口をあけると吐きそうだったために、頭を縦に振って「大丈夫だ」という意思表示をしておいた。
そうしている間にも少年に変化は起き続けていた。中の液体が半分ほどに減ったところで少年を支えていたコードがなくなり、底にゆっくりと沈んでいった。液体にはどういうわけか少年の血が沈んだ道筋を残すようにくっきりと混ざらずに残っていた。少年が沈んでいった様子を見ると粘りの様なものはなかったように見えたが、それなら多少は残ってもあそこまでくっきりと残ったりはしない。あの液体はなにでできているのか。それを調べる「技術」でさえ、今の世界は失ってしまっていた。
しかし、あの液体は見たところ「保存効果」のあるものだったのだろう。それなのになぜ液体は吸い取られていくのか。
そう考えたことを読んだかのように、ヴェクサが口を開いた。
「寿命なンだよ」
「寿命?」
どうみても少年にしか見えない少年に、寿命がきたとは思えにくい。
「こいつらに見た目は関係ない。そいつも、実際は90何歳、いや100を超えているかも知ンねーな。なんせ俺がここを発見した時から、こいつらの外見が変わったことは一度もない」
ヴェクサがここを発見したのがいったいいつのことかは知らないが、それからずっとなのだとすれば、最低でも900歳だ。0が一個足りない。
「0が一個足りないんじゃないか?」
「いや?あってるぞ」
ヴェクサの言っている意味がわからず、考え込んだ鬨に、ヴェクサが助けを出す。
「こいつが造られたのは約100〜90年前だ。そう記録に書いてあった」
「でもそれじゃあ計算が合わない。「技術」が失われたのはもう2000年も昔の話だ」
「あぁ。もちろん俺たちが造ったンじゃない。こいつらは「自動」で造られ、「処分」される」
「どういう・・・」
意味だ、と聞こうとした瞬間、ゴパンッ、という何かが弾けるような音がした。
音がした方を見ると、先ほどの少年の入っていた瓶の中の液体は空になっていた。気を取られているうちに、すべて吸い取られてしまったらしい。しかし、瓶の中で起こった変化はそれだけではなかった。瓶の中が、赤く染まっていた。それだけではない。ガラスの内側に、ピンク色をした何かが、飛び散って、ずるずると重力に従い底に滑って行く。
赤くて、ピンクで、黄色くて、黒い。ぷるぷるとした「それら」は、重力に従いずるずる、ずるずると、落ちていく。
「な・・・・っ!!」
少年は、破裂していた。
粉々に、微塵も原形を残さずに、壊れていた。
どういう原理で内側から破裂したのかは分からないが、内側にべったりとついた血液と肉片を見ればその威力は想像するまでもない。
しかし、問題はそこからだった。
その「少年だったもの」の肉片が蠢きだしたのだ。そして、それは容器の中心へと向かっていく。集まっていく。そして、それはだんだんと一つのものになっていく。
それが始まってほんの数十秒・・・しかし、それが出来上がるには十分な時間だった。
そこに「出来た」のは、昨日の夜に見た、「あれ」、だった。
しかし黒くはなく、先ほどの肉片そのものの色をしていて、グロテスクだ。
「うぐっ・・・・ふ・・・ぅ・・・っ」
ついに耐えきれなくなりしゃがみこんだ鬨に、慌ててヴェクサが一緒にしゃがみこむ。
必死に吐きだすのを我慢している鬨の背中を、ヴェクサの大きな手が優しくさする。
「おい、大丈夫か鬨」
まったく大丈夫じゃない。
「まぁそりゃあそうか・・・立てるか?」
そう聞かれてなんとか立ち上がろうとするものの、足の力が完全に抜けてしまい、立つことができない。
「しょうがねえな・・・後で殴るなよ?」
そう言ったヴェクサに疑問を抱く暇もなく、急に襲った浮上感にまた吐きそうになる。
「おい、いま吐くなよ、頼むから」
上から聞こえた声に、やっと自分が抱きあげられていることに気がついた。
普段なら相手がしばらく立ち上がれない様にしてしまうところだが、生憎と今はそんな体力も気力も持ち合わせていない。
「お前軽いなぁ。ちゃんと食ってンのか?」
言われた言葉に、うるさい、体質だ。と、そんなことを言い返す気力も残っていないため、鬨は黙ったままだ。というより口を開くと確実にもどす。先ほどより具合の悪そうな鬨に、流石にやばいと思ったのか、ヴェクサはそれっきり口を開くことなく鬨を抱えたまま部屋を出た。
作品名:無題Ⅰ~異形と地下遺跡の街~ 作家名:渡鳥