つるさんのひとこえ 4月編 其の二
日本人の僕でもできないくらい満喫してたからな。そりゃそうだろうよ。
「それはよかった。そうだ、もしキミさえよければ年間行事部に入らないか?我々の部に入部すれば、今日の灌仏会のような日本の様々な文化的行事をたくさん体験できるぞ。どうだ?悪くない話だろう」
「ゆきも、その部活、入てるですか?」
どうしてそこで僕の話題が出る?
「もちろん。犬島君は優秀な我が部の部員だ」
「それなら、よろしくおねがいます」
僕の時とは雲泥の差。こんなにも呆気なく、すんなりとナスチャの入部が決まってしまうなんて。というか僕がいるからって何だっていうんだ?――なんてことも、優秀な部員と言われたことで、少し舞い上がっていたためにあまり気にならなかったのはここだけの秘密だ。
「では月曜にでも、月極に入部届を用意させるから、それに記入したら放課後部室に持ってきてくれたまえ。そうだな、犬島君。もし時間があるなら手伝ってやってはくれないか?」
「分かりました。任せてください」
「よし、それでは我々も解散するとするか。皆、ご苦労だったな。それじゃあまた月曜日に」
例の如く、言うやいなや礼法室を出て行く鶴瀬部長。残されたこの巨大な像はどうすればいいのだろうか?
「この像のことなら心配しないでください。明日にでも撤去作業を行いますから」
また心の中の声を聞かれてしまったのか。でも、確かにここにいる僕一人と女の子二人の力ではどうやってもこの像を動かすことなんてできやしないだろうしな。
「それじゃあ、このお釈迦様のことは月極さんにお任せします。他に何かすることはありませんか?」
「そうですね、それじゃあその傘を持って、ナスチャさんを送っていってあげてください。ここではもう、やることがないので」
このお方にそう言われてしまったら大人しく従うしかないだろう。
「そういうことだそうだ。ナスチャ、行こうか」
「はい。今日は、ありがとございました。さよなら」
月極さんに見送られてナスチャと一緒に和室を後にし、そのまま玄関へ行って靴を履き替える。校門を出るときには屋上で見た厚い雲も随分薄くなっていて、夕日の赤い色が雲に映っていた。
「そういえば、ナスチャはどこに住んでるんだ?」
「えとね――、ここ。昨日、きたから、ばしょ、よくわからない」
そう言って地図が印刷されたプリントを鞄から取り出し、指をさす。
何のことはない。この地図によると、僕の家から五分ほど歩いたところにある高級マンションだ。いつもこのマンションの前を通る度に、ここに住んでる奴の顔を見てみたいもんだ、なんてことを考えたりもしていたが、まさかこんな奴が住んでいようとは。しかも、留学ってことは一人暮らしだろう。どれだけ金持ちなんだよコイツの家は。
「ゆき、ばしょ、分かる?いっしょに、帰るの、できる?」
地図を見た僕は無意識に険しい表情をしてしまっていたのだろうか?心配そうにナスチャが尋ねる。
「全然大丈夫だよ。見たところ、僕の家の近くみたいだし」
「そか。だたら、だいじょぶ、だね」
そんなこんなでナスチャをマンションまで送っていったのだが、その道すがらの会話はとてもじゃないが他人に聞かせられるものではなかったため割愛させてもらう。
端的に言うと、まず最初は趣味の話だったはずが、いつの間にかゲームやアニメの話題になり、エロゲやアニメのどういうシーンで萌えるのかという話、最終的には人の前で服を脱ぐことの快感についてを延々と聞かされ続けた健全な男子高校生である僕は、あと一歩のところで干からびたミミズのよう生気を失ってしまうところだった。
今日一日ナスチャと付き合ってみて分かった。その分かったことを簡単に言ってしまえば、彼女―ロシアから来た女の子、アナスタシアはものすごいオタクで、手がつけられないほどの腐女子で、そして、病的な露出大好き人間だった、ということ。
無事にそんなナスチャをマンションまで届けたときの解放感はここ数年味わったことのないくらいのものだったのは想像に難くないと思う。映画やドラマなんかに出てくる運び屋も、荷物を運び終えるとこんな気持ちになっていることだろう。
ようやく終わった高校生活の記念すべき一週目。いきなり色んなことが起きたが、それがどんなふうにこの先の学校生活へと繋がっていくのか、この時点で分かる人がいたら是非ご教授願いたいものだ。
――今はとにかく家へ帰って、来週からはまともに授業を受けられるようにたっぷり休んで、しっかり予習をしておこう。
ようやくゆっくり休めると思うと、干からびそうだった体にも不思議と生気が戻ってくる。幾分軽くなった足取りで、近道である路地を抜け、自宅の扉を開ける。カレーの匂いが立ちこめる玄関で、今日一日の恨みを込めて手に持っていたピンク色のそれを傘立てに戻した。
4月11日に続く
作品名:つるさんのひとこえ 4月編 其の二 作家名:島UMA