手鏡
さらに漢数字が鮮明に現れるのは、数年に一度ということから、どうやら願いは常に聞き届けられるものでもないことが分かった。
以来私は、家族にとって本当に必要な事が起こるまで、願かけをひかえることにし、この10年程は布をかけ、大切にしまいこんでいた。
けれども、その布を取る日がやってきた。
子供達がそれぞれ成長し、家を出たことで、年金暮らしの私達は今のマンションを出て、公団住宅に申し込むことにしたのだ。
希望する自由ヶ谷・団地は、倍率126倍!
よほどの事がない限り、当たらない数字だった。
私は鏡に向かって、「残りの人生を、どうかこの自由ヶ谷で夫婦仲良く暮らせますように・・・」と願をかけると、鏡は願いを受け付けてくれたようで、弐千伍百参拾壱(2531)という数字が出た。
「かなり、順番が後回しね・・・」と、がっかりしたが、ここからが腕の見せどころ。
翌日から、まだ布団が恋しい亭主を叩き起こしては、栗の花神社へ向かい、夫婦一緒に御百度参りを始めた。
一週間が過ぎる頃から、鏡の中の数字は目に見えて減り出し、
二週間が過ぎるころには一桁にまでなっていた。
この分だと、どうやら明日の抽せん日には幸運を引き当てられそうだった。
私は念のため午後からもう一度、御百度参りを行う事にして、昼寝をしている亭主を叩き起こし、再度、栗の花神社の鳥居をくぐった。
ニ礼二拍手一礼をし、「明日の抽せんに当たりますように」と祈る。
おそらく、これで鏡の中の漢数字は零(0)になっているはずだ。が・・・、
家に帰るや、期待を込めて鏡を覗きこんだ私は驚いた。
数字は零どころか、拾六萬九千伍百弐拾参(169,523)となっていたのだ。
作品名:手鏡 作家名:おやまのポンポコリン