トロイメライ
「どっち?」
「カステラのほう」
さっきから千鶴が、カステラが入ったほうのアイスクリームにばかり手をつけているので、彗太は尋ねた。千鶴は手を止めて、少し考え込んでから答えた。
「おいしい、けど、別々に食べたほうがいいと思う」
「やっぱり、そうだよなぁ」彗太は笑った。それにつられたのか、千鶴もまたわずかに笑みを見せた。
(なんだ、ちゃんと笑えるじゃねーか)
彗太のほうでも少し緊張が解けた。
「お前、五年生だっけ」
「うん。ええと、摂津くんは六年生、だよね。おじさんから聞いたんだけど」
「そう、一個先輩な」
しばらく沈黙が流れた。彗太は軽く伸びをしてから、白いペンキ塗りの縁側に仰向けに横たわった。横になってみると、アイスを食べ終えて空になった器に、少し傾きはじめた日の光が透けて、きらきらと光っている。
「さっき、ごめんね」
「ん?」彗太はごろんと千鶴のほうに寝返りを打った。
「急に人がいたから、びっくりしたの」そう言って、彼女は少し気まずそうに言った。「私、人見知りするらしいから・・・」
「・・・」
この体勢からは逆光になっていてその表情を窺い知ることができなかったが、彗太にはそれがとても悲しい声に聞こえた。
「泣くなよ」
「泣いてない」
また長い沈黙が流れた。彗太自身、なぜ彼女が泣いていると思ったのか、自分でもよくわからなかった。
「お前、いつまでここにいるんだ?」彗太は寝転がったまま訊いた。
「わかんない」
「ていうか、学校は?まだ夏休みじゃないだろ」
「学校は、先生に言ってお休みさせてもらってる。大丈夫だよ、教科書とかノートとか全部持ってきてるから」
千鶴は淡々と言う。あまり学校が好きではないのだろうか、と彗太は感じた。
「もし、勉強でわかんないところとかあかったら、俺が教えてやってもいいぞ。もう習った問題だからな」
「ん・・・ありがと」
「あ、お前、あてにしてないだろ」
千鶴はくすくすと笑った。
その時、鶴ちゃん、と家の中から千鶴を呼ぶ声が聞こえた。彗太は身を起こした。
「鶴ばあ?」
「帰ってきたみたい」彼女の顔から、すっと笑みが引いた。ふたたび、鶴ちゃん、という声がした。
「おばあちゃんが呼んでるから、行くね。あ、食器・・・」
「いいよ、うちで洗うから。じゃあ俺も帰るな」
「ごめん、ありがとう。おじさんにもお礼言っておいてね」千鶴は立ち上がり、ベランダのフランス窓を開けた。「バイバイ」
ぱたん、と観音開きの窓が閉められた。それに合わせて、ベランダに咲くあじさいの葉が西日を受けながら静かに揺れた。