トロイメライ
「悪い、汚いけど」掃除しておけばよかった、と本気で思った。彼女は言われるがまま、あいかわらず苦しそうにその上に横たわった。
「大丈夫?」
「・・・そう見える?」
彼女は少し怒ったような口調でそう返すと、グレーのパーカーの上から両腕で下腹部を押さえた。
「・・・っ」
「そ、そんなに痛いのか」彗太は焦った。「盲腸、虫垂炎じゃねーのか。救急車呼んだほうが・・・」
「やめて」千鶴は携帯電話を手に取った彗太を制した。「ただの生理痛だから」
え、と彗太は間抜けな声を上げ、数秒してからようやく、彼女の言葉の意味を解した。
「あ、わ、悪い、すいません・・・」
「最悪」
「すまない、ごめん、ほんとに」
「違う。つるのこと」彼女は眉間に皺を寄せながら言った。「おかしいんだ。何か嫌なことがあって俺と交代しても、生理の前にはいつも必ずつるに戻るのに」
おかしい、と彼女はもう一度繰り返した。
「もう一ヶ月以上も俺のままなんだ。こんなこと今までなかった。君と会って以来、あの子、全然目を覚まさないんだ」
ベッドに横たわる彼女の声は本気だった。嘘をついているようには見えなかった。
「どうしよう・・・」
『彼』は痛みで頭が混乱しているようだった。
「ごめん」
「君のせいだ」
「ごめん、千」彗太ははじめて彼の名を呼んだ。「俺、お前が元に戻れるように、何でもするから」
「・・・」
「だからもう、心配するな」
彗太はベッドの脇に座って、横になった千の手を取った。彼女を、彼を信じようと、彗太はそう心に決めた。