どっこい!ナポリ道
ここはイタリアの美しい自然に囲まれたナポリ郊外。200年の歴史を持つ石釜焼きナポリピザの老舗「ボンジョビ」の厨房の中で、一人の武骨な男が丸太のような腕で一人、黙々とピザ生地をこねている。
「ふぅ、これでやっと今日の仕込みが終わりだ」
今夜は20人の団体の予約が入っている。客は皆、先祖代々でこの店の味のファンだ。絶対に期待を裏切るわけにはいかない。
この店のピザを一口食べれば、誰もがこう叫んだ。
「ブラーヴィオ、ジョバンニ!間違いなく君がイタリア1のピザ職人だよ!」
今までの彼の人生に、ピザへの賛辞の言葉以上に心を震わせるものは何一つ存在しなかった。
・・・アイツが現れるまでは。
☆
ジョバンニは仕込みを終えて開店前のホールへ向かう。店内の照明をつけると、200年の歴史による老朽化を感じさせないぐらいににチリ一つなく磨き上げられた客席が照らし出される。
だが、ジョバンニの表情はどこか浮かない。
「…親方、朝の掃除は終わらせてあります」
ジョバンニの背後から、絹のように美しく長い黒髪の人物が姿を現す。ジョバンニは振り返り、力なく答える。
「お前、やっぱりまだいたのか…」
岩でできた象の彫刻ように大柄なジョバンニとはまるで対照的な、華奢な身体から細く伸びた脚、長く跳ねたまつ毛、妖しく光る大きな眼の中の、子猫のように無邪気な黒い瞳。触れればすぐに砕けてしまいそうなくらいに圧倒的に美しい顔立ち。
「お約束通り三ヶ月間毎日、店の掃除をやり遂げました。これで、ナポリピザを私に教えてくださいますね?」
ジョバンニはため息をついて、自分が確かに三か月前にそう言ったことを思い出し、深く後悔した。
「いや、確かに俺はそう言ったけどね…」と、ジョバンニは言葉を選んで言う。「まさかやり遂げるとは…」
「何かおっしゃいましたか」
「いや、うん、ええと」と、ジョバンニは言葉を濁す。
「私、どんな厳しい修行でも耐えます!仕事ができないなら、蹴ってもらっても殴ってもらっても構いません」
「いや、ちょっと待ってよ、そういうことはしないから」
「じゃあ、どうして駄目なんですか!?」
「ええ…だって…っていうかさぁ」
「はい?」
「何で君、いま下着しか付けてないの!?」と、ジョバンニは言う。
「えー、だって、掃除したら汗かいちゃうじゃないですか」と恥ずかしそうに言いながら、大胆なデザインの黒いブラとパンティーの紐を指で直すしぐさをする。シミ一つない身体、ボディーラインは、目もくらむように美しい理想的な曲線を描いている。
「いや!最悪そうだとしても、なんで!」と、ジョバンニは叫ぶ。
「なんでブラしてるんだよ!アキラ、お前は男だろうが!」と、ジョバンニは叫ぶ。
ジョバンニは困ったことになった、と頭を抱える。三か月前にこいつはジョバンニのピザに惚れ込み、トーキョーの大学を辞めこの店に弟子入りを志願したのだった。しかし、どう考えても挙動がおかしい。店で掃除していても、ピザを作ってやっても、とろけるような恍惚とした恋する眼差しでジョバンニをずっと見つめているのだ。
ずっとピザ一筋のストイックな人生を生きてきたジョバンニは、アキのような存在をどう扱っていいのか見当もつかない。見た目だけは無垢な天使なのだが…。
☆
「その名前で呼ばないでください!」と負けずに、「アキって呼んでください」アキは怒って言う。
「え、いや、なんかごめん」と、ジョバンニはたじろぐ。
「あ、いやでもアキさんね!俺としてもやりづらいからそういう恰好は!」
「アキって呼び捨てで呼んでください!」
「なんで!?」
「だって師弟じゃないですか!?」
「いやいやいやいや」
「いいから殴ってください!」と言って、アキはジョバンニの下半身にすがりつく。
「アホか!っていうか服を着ろ!」
「……わかりました、ブラをとればいいんですね?」
「会話が噛み合ってないから!そういう話じゃないから!」
「どうして弟子にしてくれないんですか!?ジョバンニさんの言いつけを守って毎日朝から晩までホールを磨いて、ついでにアスホールもぴかぴかにしていたのに!」
「今、何て言った!?」
「いえ、ついでに明日のホールもぴかぴかにしたいと」
「うまいこと言ってんじゃねえ!」
ジョバンニは半裸ですがりつくアキをふりほどく。アキの汗ばんだ髪と皮膚からグレープフルーツのようないい香りがして、またそれがジョバンニをくらくらと変な気分にさせる。
「お願いします!お願いします!」と言って、アキはジョバンニにしつこく食い下がって離れようとしない。
このままでは今夜の営業に支障が出るかもしれない、とジョバンニはついに諦め「わかったから!教えるから!だから服を着てくれ!」と言ってしまう。
「ありがとうございます!」と言って、アキはすでに用意してあったへそ出しの可愛すぎるメイド服に着替え始めるが、ジョバンニにはもう突っ込む気力がない。
「ふぅ、これでやっと今日の仕込みが終わりだ」
今夜は20人の団体の予約が入っている。客は皆、先祖代々でこの店の味のファンだ。絶対に期待を裏切るわけにはいかない。
この店のピザを一口食べれば、誰もがこう叫んだ。
「ブラーヴィオ、ジョバンニ!間違いなく君がイタリア1のピザ職人だよ!」
今までの彼の人生に、ピザへの賛辞の言葉以上に心を震わせるものは何一つ存在しなかった。
・・・アイツが現れるまでは。
☆
ジョバンニは仕込みを終えて開店前のホールへ向かう。店内の照明をつけると、200年の歴史による老朽化を感じさせないぐらいににチリ一つなく磨き上げられた客席が照らし出される。
だが、ジョバンニの表情はどこか浮かない。
「…親方、朝の掃除は終わらせてあります」
ジョバンニの背後から、絹のように美しく長い黒髪の人物が姿を現す。ジョバンニは振り返り、力なく答える。
「お前、やっぱりまだいたのか…」
岩でできた象の彫刻ように大柄なジョバンニとはまるで対照的な、華奢な身体から細く伸びた脚、長く跳ねたまつ毛、妖しく光る大きな眼の中の、子猫のように無邪気な黒い瞳。触れればすぐに砕けてしまいそうなくらいに圧倒的に美しい顔立ち。
「お約束通り三ヶ月間毎日、店の掃除をやり遂げました。これで、ナポリピザを私に教えてくださいますね?」
ジョバンニはため息をついて、自分が確かに三か月前にそう言ったことを思い出し、深く後悔した。
「いや、確かに俺はそう言ったけどね…」と、ジョバンニは言葉を選んで言う。「まさかやり遂げるとは…」
「何かおっしゃいましたか」
「いや、うん、ええと」と、ジョバンニは言葉を濁す。
「私、どんな厳しい修行でも耐えます!仕事ができないなら、蹴ってもらっても殴ってもらっても構いません」
「いや、ちょっと待ってよ、そういうことはしないから」
「じゃあ、どうして駄目なんですか!?」
「ええ…だって…っていうかさぁ」
「はい?」
「何で君、いま下着しか付けてないの!?」と、ジョバンニは言う。
「えー、だって、掃除したら汗かいちゃうじゃないですか」と恥ずかしそうに言いながら、大胆なデザインの黒いブラとパンティーの紐を指で直すしぐさをする。シミ一つない身体、ボディーラインは、目もくらむように美しい理想的な曲線を描いている。
「いや!最悪そうだとしても、なんで!」と、ジョバンニは叫ぶ。
「なんでブラしてるんだよ!アキラ、お前は男だろうが!」と、ジョバンニは叫ぶ。
ジョバンニは困ったことになった、と頭を抱える。三か月前にこいつはジョバンニのピザに惚れ込み、トーキョーの大学を辞めこの店に弟子入りを志願したのだった。しかし、どう考えても挙動がおかしい。店で掃除していても、ピザを作ってやっても、とろけるような恍惚とした恋する眼差しでジョバンニをずっと見つめているのだ。
ずっとピザ一筋のストイックな人生を生きてきたジョバンニは、アキのような存在をどう扱っていいのか見当もつかない。見た目だけは無垢な天使なのだが…。
☆
「その名前で呼ばないでください!」と負けずに、「アキって呼んでください」アキは怒って言う。
「え、いや、なんかごめん」と、ジョバンニはたじろぐ。
「あ、いやでもアキさんね!俺としてもやりづらいからそういう恰好は!」
「アキって呼び捨てで呼んでください!」
「なんで!?」
「だって師弟じゃないですか!?」
「いやいやいやいや」
「いいから殴ってください!」と言って、アキはジョバンニの下半身にすがりつく。
「アホか!っていうか服を着ろ!」
「……わかりました、ブラをとればいいんですね?」
「会話が噛み合ってないから!そういう話じゃないから!」
「どうして弟子にしてくれないんですか!?ジョバンニさんの言いつけを守って毎日朝から晩までホールを磨いて、ついでにアスホールもぴかぴかにしていたのに!」
「今、何て言った!?」
「いえ、ついでに明日のホールもぴかぴかにしたいと」
「うまいこと言ってんじゃねえ!」
ジョバンニは半裸ですがりつくアキをふりほどく。アキの汗ばんだ髪と皮膚からグレープフルーツのようないい香りがして、またそれがジョバンニをくらくらと変な気分にさせる。
「お願いします!お願いします!」と言って、アキはジョバンニにしつこく食い下がって離れようとしない。
このままでは今夜の営業に支障が出るかもしれない、とジョバンニはついに諦め「わかったから!教えるから!だから服を着てくれ!」と言ってしまう。
「ありがとうございます!」と言って、アキはすでに用意してあったへそ出しの可愛すぎるメイド服に着替え始めるが、ジョバンニにはもう突っ込む気力がない。