看護師の不思議な体験談 其の八
手術室へ入ると、天井一面にグレーの染みが広がっており、あらゆる場所から水が滴り落ちている。まるで雨が降っているかのように。
「これ、どうしたんですか、師長さん…」
ノーメイクになってしまっている手術室師長の姿に、笑いをこらえながら尋ねた。
「たぶん、水道管の破裂」
そう言うと、師長は私が入院中だということを知ってか知らずか、タオルと新聞紙を無理矢理押し付けた。
どうやら、夜中に水道管が破裂し、一晩中雨振り状態になっていたようだった。出勤した師長が扉を開けた途端、廊下にザブンと水があふれ出てきたそうだ。
(師長さん、びっくりしただろうなぁ)
床だけでなく、機械や器具が水浸しのため使い物にならない。朝一番の手術が遅れるのは確実のため、少しでも早急に手術室を機能させなければ。
騒ぎを聞いたあらゆる部門のスタッフたちが駆けつけ、腕まくりする人数が徐々に増え始めた。看護師が中心となりながら、医師、庶務課、栄養・薬剤部門などが一緒に力を合わせて、掃除をしている。
(なんか、おもしろい。この光景。)
これほどの人数が力を合わせる機会ってそうそうないため、病院的にはかなり非常事態なのだけど、正直楽しかった。
雨振り状態の手術室の中、後輩がタオルを頭に巻きながら、
「ヨネさん、やってくれたな」
と言い、苦笑いしていた。
「ああ、なるほど」
私もつられて笑ってしまった。
初七日の今日、とうとう病院全体を巻き込む悪戯をやってのけたのか。確かにこんな悪戯、見たことない。
夜中に響いた「カリカリ」という音は、『今から悪戯するよ』なのか『そろそろ見に行ってごらん』なのか、きっと何かを伝えたかったのだろう。
悪戯好きで、雨降りが大好きなヨネさん。生きている時に、ぜひ私もお会いしたかった。
作品名:看護師の不思議な体験談 其の八 作家名:柊 恵二