銀髪のアルシェ(外伝)~紅い目の悪魔(5)~(終)
まりはランドセルにしがみついて震えていた。
前には知らない女性が立っている。
「まりちゃん、これからは私のことをママって呼ぶのよ。」
まりは震えながら首を振った。
「どうして言うことをきけないのかしら?」
女性の表情が、まるで悪魔が乗り移ったかのように険しくなった。
まりは、がたがたと震えながら言った。
「ママ…」
女性は優しい顔になった。
そしてまりを抱きしめた。
まりは目を強く閉じて、心の中で本当の母親を呼んでいた。
……
「これ、能田刑事さんのとこの管轄ですよね…。身代金の要求がないから公開に踏み切ったって…。大変だろうなぁ…。」
天使アルシェの主人(マスター)である北条(きたじょう)圭一が、女児誘拐事件を報道しているニュースを見ながら言った。
浅野(アルシェ)はじっと黙ってテレビを見ている。圭一が、浅野のカップにコーヒーを継ぎ足しながら言った。
「犯人よりもこのまりちゃんって子だけでも助け出してあげなきゃ…」
浅野はコーヒーカップを手に取り、やっと口を開いた。
「俺もそう思うんだが、何か、周りに暗幕を張られたみたいな感じなんだ。」
「ザリアベルさんから交信は?」
圭一の言葉に、浅野は一度持ち上げたカップを下ろして言った。
「…ずっと交信を拒否されてる。」
「……」
圭一は俯いた。浅野がため息をついて言った。
「…天使の俺と組んでいることで…魔界で問題になっているのかもしれないな…。」
「そもそも、どうしてザリアベルさんが悪魔なんでしょう…?」
圭一が言った。浅野がカップを持ち上げながら言った。
「さあね…。軍人だった頃の事が関係しているのかもしれない。」
「……」
圭一は、悲しそうにうつむいた。
……
まりは、ベッドしかない無機質な部屋で、自分を誘拐した女性に抱きしめられ、人形のように頭を撫でられていた。
「さぁ、まりちゃん寝ましょうね。」
「…はい…」
「ママが子守唄歌ってあげる。」
まりはベッドに寝かされた。まりはぎゅっと目を閉じた。
女性が子守唄を歌い始めた。
まりはいつまでこうしていなければならないのかと、不安で仕方がなかった。
……
まりが眠った様子を見て、結衣子は部屋を出た。
そして、自室に入った。
そこには、牡牛のような角を持った男が座っていた。
「満足か?」
「ええ。」
結衣子が微笑んだ。
「大分なついてくれてるわ。あの子の記憶を消してもらわなくても大丈夫そう…」
「そうか。」
「…報酬はまだいいのかしら?」
「かまわん。もう少し堪能するがいい。」
男はそう言って、にやりと笑った。結衣子が言った。
「あの子と一緒なら、命は惜しくはないわ。…地獄でもあの子と一緒にいさせてもらえるのよね。」
「もちろんだ。」
男の言葉に、結衣子は嬉しそうに微笑んだ。
男が消えた。
…この結衣子は1年前、娘を死なせていた。産まれてから3カ月しか経っていなかった。
「乳幼児突然死症候群(SIDS)」というもので、原因はわからない。父母の喫煙が原因とも言われているようだが、父母どちらとも煙草は吸っていなかった。
ある朝、結衣子が朝起きてベビーベッドの娘を見ると、もはや息をしていなかった。
病気でも何もなかった。昨夜もとても元気だった。…なのに、死が突然訪れたのだった。
実母にも義母にも責められた。…どうして添い寝しなかったのか。具合が悪かったのを気付かなかったのではないか…。
また自分でも自分を責めた。…その後うつ病になり、主人の心が離れて行き、結局離婚を余儀なくされた。
…娘が死んでから1年が経ったある日、買い物に出た結衣子は「まり」と出会った。結衣子が買い物袋から落としたりんごをまりが拾ってくれたのだった。
その可愛さと優しさに、結衣子は娘が大きくなったらこんな子になっていただろうと勝手に妄想し、その妄想は異常なまでに膨らんだ。
最初は、まりに気付かれないように、登下校する姿をこっそり見ては喜んでいただけだった。
…だが、やはりそれだけでは気が済まなくなった。
「まり」と一緒に暮らしたい。自分の思い通りに育てたい。そう思い詰める日が続いた。
そんなある日、突然結衣子の前に牡牛の様な角を持った男が家に現れたのである。
…気を病んでいた結衣子は、その男に恐怖も何も感じなかった。…そして、命と引き換えに自分の願いを叶えてくれるという男を信じ、契約した。
契約は簡単なものだった。男に言われるまま指に針を刺し、その溢れ出た血で紙のようなものにサインをさせられた。
それだけだった。
…その翌日には、家の中に「まり」がいた。
あっけにとられたような顔をして、部屋を見渡していた。
その姿を見て、結衣子は一生まりを手放すまいと思った。
……
「!!…見えたっ!」
いきなりコーヒーを飲んでいた浅野が叫んだ。
その日も、浅野の家に来ていた圭一が驚いた顔で浅野を見た。
「?浅野さん?」
「…急に見えた…。圭一君!能田刑事の電話番号わかるか!?」
「!!…あの誘拐されたまりちゃんの居場所がわかったんですか!?」
浅野がうなずいた。突然霧が晴れたように、まりの姿が見えたのだった。
まりがベッドで涙を残したまま眠っている姿が、浅野の脳裏に映った。
圭一が携帯電話を取り出し、能田の電話番号を検索した。
……
浅野は天使アルシェに姿を変え、あるアパートの一室に瞬間移動した。
ベッドに、脳裏に映っていた「まり」が眠っていた。…いや…眠らされている…とアルシェは感じた。
アルシェが、まりの体を抱き上げようとしたその時、急に体が動かなくなった。
後ろに何かの気配を感じた。
「…どうしてここがわかった?」
後ろにいる何かがアルシェに言った。アルシェは動けないまま答えた。
「さてね。…急に見えたんだ。…お前は誰だ?悪魔か?」
そうアルシェが言うと、ベッドの向こう側に牡牛のような角を頭にはやした男が姿を現した。
「その通り…。…私の事は「侯爵」と呼べ。」
悪魔はそう言って、にやりと笑った。
(…やはり侯爵級の悪魔だったか…。)
アルシェはそう思った。アルシェ自身は階級がない。つまり、侯爵級の悪魔に太刀打ちできる力は何も持っていないということである。
「ザリアベルの姿がないな。」
侯爵が楽しそうに言った。
「…という事は、お前は丸腰だということだ。」
アルシェは言い返せなかった。…ただ今は自分の事より、なんとかまりだけを助け出す方法はないかと思っていた。
その時、部屋の外が騒がしくなった。結衣子が何かを叫ぶ声がした。
圭一から通報を受けた能田達が、家に踏み込んできたのだろう。
「アルシェっ!どこですかっ!?」
圭一の声がした。刑事達と一緒に来たようだ。
アルシェが声を出そうとしたが、侯爵が手をかざした途端、アルシェは壁に打ち付けられていた。
その音を聞いたのか、圭一がドアを開けて部屋に入ってきた。
そして、侯爵を見て目を見開いた瞬間、アルシェと反対側の壁に突き飛ばされた。
「圭一君!」
アルシェが痛みをこらえながら、立ち上がろうとした。
前には知らない女性が立っている。
「まりちゃん、これからは私のことをママって呼ぶのよ。」
まりは震えながら首を振った。
「どうして言うことをきけないのかしら?」
女性の表情が、まるで悪魔が乗り移ったかのように険しくなった。
まりは、がたがたと震えながら言った。
「ママ…」
女性は優しい顔になった。
そしてまりを抱きしめた。
まりは目を強く閉じて、心の中で本当の母親を呼んでいた。
……
「これ、能田刑事さんのとこの管轄ですよね…。身代金の要求がないから公開に踏み切ったって…。大変だろうなぁ…。」
天使アルシェの主人(マスター)である北条(きたじょう)圭一が、女児誘拐事件を報道しているニュースを見ながら言った。
浅野(アルシェ)はじっと黙ってテレビを見ている。圭一が、浅野のカップにコーヒーを継ぎ足しながら言った。
「犯人よりもこのまりちゃんって子だけでも助け出してあげなきゃ…」
浅野はコーヒーカップを手に取り、やっと口を開いた。
「俺もそう思うんだが、何か、周りに暗幕を張られたみたいな感じなんだ。」
「ザリアベルさんから交信は?」
圭一の言葉に、浅野は一度持ち上げたカップを下ろして言った。
「…ずっと交信を拒否されてる。」
「……」
圭一は俯いた。浅野がため息をついて言った。
「…天使の俺と組んでいることで…魔界で問題になっているのかもしれないな…。」
「そもそも、どうしてザリアベルさんが悪魔なんでしょう…?」
圭一が言った。浅野がカップを持ち上げながら言った。
「さあね…。軍人だった頃の事が関係しているのかもしれない。」
「……」
圭一は、悲しそうにうつむいた。
……
まりは、ベッドしかない無機質な部屋で、自分を誘拐した女性に抱きしめられ、人形のように頭を撫でられていた。
「さぁ、まりちゃん寝ましょうね。」
「…はい…」
「ママが子守唄歌ってあげる。」
まりはベッドに寝かされた。まりはぎゅっと目を閉じた。
女性が子守唄を歌い始めた。
まりはいつまでこうしていなければならないのかと、不安で仕方がなかった。
……
まりが眠った様子を見て、結衣子は部屋を出た。
そして、自室に入った。
そこには、牡牛のような角を持った男が座っていた。
「満足か?」
「ええ。」
結衣子が微笑んだ。
「大分なついてくれてるわ。あの子の記憶を消してもらわなくても大丈夫そう…」
「そうか。」
「…報酬はまだいいのかしら?」
「かまわん。もう少し堪能するがいい。」
男はそう言って、にやりと笑った。結衣子が言った。
「あの子と一緒なら、命は惜しくはないわ。…地獄でもあの子と一緒にいさせてもらえるのよね。」
「もちろんだ。」
男の言葉に、結衣子は嬉しそうに微笑んだ。
男が消えた。
…この結衣子は1年前、娘を死なせていた。産まれてから3カ月しか経っていなかった。
「乳幼児突然死症候群(SIDS)」というもので、原因はわからない。父母の喫煙が原因とも言われているようだが、父母どちらとも煙草は吸っていなかった。
ある朝、結衣子が朝起きてベビーベッドの娘を見ると、もはや息をしていなかった。
病気でも何もなかった。昨夜もとても元気だった。…なのに、死が突然訪れたのだった。
実母にも義母にも責められた。…どうして添い寝しなかったのか。具合が悪かったのを気付かなかったのではないか…。
また自分でも自分を責めた。…その後うつ病になり、主人の心が離れて行き、結局離婚を余儀なくされた。
…娘が死んでから1年が経ったある日、買い物に出た結衣子は「まり」と出会った。結衣子が買い物袋から落としたりんごをまりが拾ってくれたのだった。
その可愛さと優しさに、結衣子は娘が大きくなったらこんな子になっていただろうと勝手に妄想し、その妄想は異常なまでに膨らんだ。
最初は、まりに気付かれないように、登下校する姿をこっそり見ては喜んでいただけだった。
…だが、やはりそれだけでは気が済まなくなった。
「まり」と一緒に暮らしたい。自分の思い通りに育てたい。そう思い詰める日が続いた。
そんなある日、突然結衣子の前に牡牛の様な角を持った男が家に現れたのである。
…気を病んでいた結衣子は、その男に恐怖も何も感じなかった。…そして、命と引き換えに自分の願いを叶えてくれるという男を信じ、契約した。
契約は簡単なものだった。男に言われるまま指に針を刺し、その溢れ出た血で紙のようなものにサインをさせられた。
それだけだった。
…その翌日には、家の中に「まり」がいた。
あっけにとられたような顔をして、部屋を見渡していた。
その姿を見て、結衣子は一生まりを手放すまいと思った。
……
「!!…見えたっ!」
いきなりコーヒーを飲んでいた浅野が叫んだ。
その日も、浅野の家に来ていた圭一が驚いた顔で浅野を見た。
「?浅野さん?」
「…急に見えた…。圭一君!能田刑事の電話番号わかるか!?」
「!!…あの誘拐されたまりちゃんの居場所がわかったんですか!?」
浅野がうなずいた。突然霧が晴れたように、まりの姿が見えたのだった。
まりがベッドで涙を残したまま眠っている姿が、浅野の脳裏に映った。
圭一が携帯電話を取り出し、能田の電話番号を検索した。
……
浅野は天使アルシェに姿を変え、あるアパートの一室に瞬間移動した。
ベッドに、脳裏に映っていた「まり」が眠っていた。…いや…眠らされている…とアルシェは感じた。
アルシェが、まりの体を抱き上げようとしたその時、急に体が動かなくなった。
後ろに何かの気配を感じた。
「…どうしてここがわかった?」
後ろにいる何かがアルシェに言った。アルシェは動けないまま答えた。
「さてね。…急に見えたんだ。…お前は誰だ?悪魔か?」
そうアルシェが言うと、ベッドの向こう側に牡牛のような角を頭にはやした男が姿を現した。
「その通り…。…私の事は「侯爵」と呼べ。」
悪魔はそう言って、にやりと笑った。
(…やはり侯爵級の悪魔だったか…。)
アルシェはそう思った。アルシェ自身は階級がない。つまり、侯爵級の悪魔に太刀打ちできる力は何も持っていないということである。
「ザリアベルの姿がないな。」
侯爵が楽しそうに言った。
「…という事は、お前は丸腰だということだ。」
アルシェは言い返せなかった。…ただ今は自分の事より、なんとかまりだけを助け出す方法はないかと思っていた。
その時、部屋の外が騒がしくなった。結衣子が何かを叫ぶ声がした。
圭一から通報を受けた能田達が、家に踏み込んできたのだろう。
「アルシェっ!どこですかっ!?」
圭一の声がした。刑事達と一緒に来たようだ。
アルシェが声を出そうとしたが、侯爵が手をかざした途端、アルシェは壁に打ち付けられていた。
その音を聞いたのか、圭一がドアを開けて部屋に入ってきた。
そして、侯爵を見て目を見開いた瞬間、アルシェと反対側の壁に突き飛ばされた。
「圭一君!」
アルシェが痛みをこらえながら、立ち上がろうとした。
作品名:銀髪のアルシェ(外伝)~紅い目の悪魔(5)~(終) 作家名:ラベンダー