ダイエットコークの甘さ
「あ、肩紐」
遙紀が私を指差す。
「あー、本当だ。」
私はTシャツの袖から出ていた黒いストラップをしゅるりと戻す。このブラ最近買ったばっかで、少しゆるめかな、と思っていた矢先だった。
すると遙紀は私にケチをつけた。
「もっと色気出せば」
「やだよ、ってかもともと色気なんてないし」
「そうだよなー」
奴がまともにうなずくから、少しむかついた。こいつに失恋を慰めてもらおうとして、休日を待った自分が馬鹿ってものだ。
遥紀は座ってるソファから立ち上がり、冷蔵庫のほうへ行った。何時間か前にイタリアンでいろいろ食べたのにまた食べる気なんだろうか。いつも私の部屋に来る度に冷蔵庫を見るので困るのだけれど。
でも、遙紀がいると、なんだか、落ち着いた。
遙紀は私の高校からの友達だ。3年間ずっと同じクラスだったのも、今まで仲良くしてこれた理由の1つかもしれない。
ほかの友達は私と遙紀の仲を疑っていたけど、7年の付き合いの長さの中では、一度もそんな気分にはならなかった。なれなかった、というほうが正しいのかもしれない。
私はただ、入学式の日の自己紹介で、「遙紀のハルは難しいハル」と言った遥紀が好きなだけだ。
だから何ヶ月かに一回会って、他愛もなく喋るのが楽しかった。
そして先日、というかつい3日前、私は年下の恋人に振られてしまった。メールでこのことを奴に告げたら、(笑)マークが5つ入った返信が届いた。むかついた私は遙紀を買い物に誘ったわけだが―――
遙紀が戻ってきた。そういえばこいつも、彼女がいないんだった、と思い出した。しかも半年以上。
ざまあみろ、とちろりと思った。けれど振られた自分を思い返して悔しくなる。
遙紀が何も手に持っていなかったので、私は拍子抜けした。
「食うものがなかった」
「うん」
「香音、コンビニ」
「行くか」
たいして行きたくもないのに私はそう答えた。行かなくてはならない、となんとなく思ったから。
遙紀はコンビニのガンガンにかかったクーラーを意識してか、パーカーを羽織った。冷房に弱い奴。
私も肩紐が落ちないようにした。
ドアに鍵をかけて、出発した。
意外にも夜6時半の道は暗くて、風はひんやりとしていた。ぺたぺた、サンダルで歩く音が響く。
家から500mのコンビニ。もうすぐ、もうすぐ、と思うのになかなか着かない。
「遙紀なに買うの」
「うーん。アイス」
「それだけ?」
「だって香音がメシ作ってくれるんだろ、俺小食だから、そんな食えねーし」
「小食?昼私の2倍食べたじゃん」
「夜はそうなんだよ」
初めて聞いた、と返してるうちに、あっという間に夜にまぶしいコンビニに着いていた。しゃべりながら歩くと早く着くことを再確認する。
店に入ると遙紀がまっさきにアイスの冷蔵庫に向かったので、私は飲み物を探すことにした。
私にはダイエットコーク。遙紀にはクー。クーにした理由は奴が苦いコーヒーやお茶やビールを飲めない子供だから。
ダイエットコーク1?、クー500mlを持ってレジへ並んだ。ふと隣のレジを見ると、カップアイスを6つも持った遙紀がいた。
遙紀より先に会計が終わった。
私は一足先にコンビニの外へ出た。
空を見る。あれ、月が出てる。満月になりそうでならない、ふくらんだ月。
「香音」
呼ばれてどきりとした。私は遙紀と一緒に、帰り道を歩いていく。
「アイスなんで6個も買ったの」
「2個は今日食べる。あとは香音へ」
「ありがとう」
「・・・・・ふられたばっかだもんな!」
「うるさい!」
「怖い怖い。でもさ、甘いものって元気出るだろ。だから・・・」
慰めてくれているのだろうか?でも、私は思うこととは違うことを、口に出してしまうのだ。遙紀としゃべっていると、いつもそうなる。
「そう?うーん、甘いものは太るからな・・・」
「甘いものを食べるとき、そう思うから、太んだよ」
「ないない」
「あるって」
遙紀は甘いものの偉大さについて熱く語る。
私はときどき、満月になりかけの月を見上げていた。すると、遙紀もつられて上を見た。それが私は妙におかしくて大声で笑った。遙紀も笑って、2人でバカ笑いして歩いた。
家に帰ると、遙紀は早速アイスをテーブルに並べ始めた。
「どれがいい」
私はサクレレモンを選んだ。遙紀はスーパーカップのバニラと白くまで迷ったけど、結局白くまにした。
私は台所に行って、引き出しからスプーンを2つ出して洗った。水冷てー、と思った。
かちゃんかちゃんとスプーンを置いてイスに座ると、私たちは食べ始めた。
サクレレモンのうすぎりレモンは、最初に食べるのでも、最後に食べるのでもない。がちんとスプーンで切ってシャーベットと一緒に食べるのがうまい。
向かいの遙紀を見ると、白くまのトッピングのパインを食べていた。
「おいしいよね」
「うまい」
「わたしの1口あげるから、1口ちょうだい」
「いいよ」
遙紀のスプーンが伸びてきて、私のサクレをえぐりとった。
ぺろりと食べると、「懐かしい」と遙紀はつぶやいた。
「ひさしぶりに食ったな」
「ちょうだい」
「はい」
ずいと白くまのカップが押し出される。クリームたっぷりの白いところと小豆を私はすくった。
そして食べようとしたとき、なにげなく私を見ていた遙紀が叫んだ。
「ストップ」
へ、と私は声を出した。
「小豆はだめ。返して」
「なんでよ」
「小豆は俺のポリシーだ。かわりにこの赤いのあげるから返せ」
遙紀のこだわりが私にはよくわからなかった。なんなんだポリシーって。
というか私だったらその赤いゼリーこそあげないのに。
ほらと言ってカップに戻すためのスプーンが、ぱくりと遙紀の口におさまった。
「!」
声に出せない驚きが私を襲った。私は立ち上がっていた。イスを急に動かした音に遙紀は、私を見上げた。
その口をスプーンから離して言う。
「ごめん」
私の手からぱっとスプーンを取り上げると、遙紀は台所へ向かった。
イスにゆっくり座って、洗っている水音を聞いた。
なんで立ち上がってしまうほど驚いたのかがわからなかった。
「ん」
差し出された、まだ水滴が残るスプーンを私は受け取った。にっこり笑った。それもなんでだかわからなかった。
「小豆への執着強すぎでしょ」
遙紀も笑う。
「いいだろ別に。あ、ほらゼリー」
「ちょっと溶けかかってるとこくれないでよ」
私たちはまた元通りにしゃべり始めた。
その後に食べた、私が作った夕食は意外とおいしかった。意外と、というのは少しだけ味付けに失敗した感じがしていたからだ。
まあ遙紀は味音痴だから失敗したとしても気づかないだろう。私はそのことに感謝して夕食をたいらげた。
食べ終わった今、もう少しで遙紀は帰るところだ。テレビのクイズ番組を2人で見ていると、急に喉がかわくのを感じた。
ソファから立ち上がると、隣でバカな解答に笑っていた遙紀がこっちを見た。
「喉かわいたんだ」
「じゃ、俺にも」
「おーう」
作品名:ダイエットコークの甘さ 作家名:Kisg