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ROREPME EHT

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1.二年前4月1日昼




 二年前の4月1日、午前十一時三十一分。
お昼のニュースはその前日保育園で起きた集団保育園児失踪事件のニュースで持ちきりだった。
 私は園児の母親の泣き声をBGMにしながらお昼の準備をしようと壁にかけてあった黒いエプロンを身につけ、後ろのボタンを留めようとしていた。その時、インターフォンが鳴り響き、自動的にオートロックの音声がオンになる。
「世那。俺。賢治」
 丸二日も連絡がとれなかった彼氏の声だ。慌ててオートロックを解除する。三分も経たずに玄関のドアがノックされ、ドアを開ける。
「賢治!ケータイにも出ないでどこに行ってたの?心配したんだからね……賢治?」
 おもむろに賢治はその場に膝をついた。緩慢というよりかは、ひどく疲れきったボロボロの戦士を思わせる動作で、彼は私の足元に額を擦りつけた。最初は子供がすすり鳴くような。最後にはむせび泣き、賢治は何度も地面に額を打ちつけていた。
 玄関先に賢治の額から噴き出した血が飛び散り、私は賢治の頭を抱いて、賢治の暴挙を止めなければならなかった。平凡な大学生、だけど私の大切な恋人の豹変に言葉が出てこなかった。何がここまで彼をこうさせてしまったのか。
 悲痛な鳴き声がマンションの四階に響いた。
 どれくらいの時間が経っただろう。その時の私には一時間にも二時間にも思える時間だったが、今思い返せば賢治には時間がなかった。せいぜい5分程度のことだったのだろう。
 電化製品のコンセントを引っこ抜くように賢治の鳴き声も震えも一瞬にして止まり、彼は涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃの顔を私のエプロンで拭い、くしゃりと目尻と頬に皺を寄せて、破顔した。怖ろしく冷たく暗い目をした賢治の笑顔は、それまでの、これからの私の生涯で、最も醜く怖ろしい笑顔だった。
「世那」
「……な、に?」
「できるだけ今夜の十二時まで時間をくれる人を集めてくれないか。頼むよ。お願いだ。世那、世那ぁ」
 あまったるい声を出して、賢治はエプロンのポケットから私の携帯電話を抜いて、私の手に握らせた。私の手の上に手を重ねて、アドレス帳を開かせる。
「実家のお母さん、埼玉だよね?遅くても二時間以内にはこっちに来れるよね?じゃあ、まずはお母さんからだ」


作品名:ROREPME EHT 作家名:高須きの