やりがい
クスクスと笑いながら、楽しそうに話す彼女。その姿が、とても幸せそうだったから。
「じゃ、俺帰ります。お幸せに」
言って、店を後にした。
大分飲んでいたらしい、外はすっかり暗くなって、火照った体に夜風が気持ちいい。
タクシーは既に到着していた。
不意に、最近流行の歌が聞こえてくる。
―――何かを失って何かを手に入れて。そうして人は強くなっていく―――
そんなフレーズが、耳に残る。
俺は、何かを手に入れることが出来たのだろうか?
実を言うと、彼女の顔を忘れたことは一度も無い。初めてあったあの日から、ずっと、片時も。
だから、入社した時にもすぐに分かった。彼女も、俺がすぐに分かったようだった。
もしかしたら、彼女も覚えていてくれたのだろうか? 会ってすぐに分かるぐらいには、俺は印象に残っていたのだろうか?
付き合ってから二年、と彼女は言った。もしあの日、三年前のあの瞬間、何かを伝えていれば、何かが変わっていたのだろうか?
「お客さん、乗るの? 乗らないの? どっち?」
「あ、スイマセン、乗ります」
タクシーの運転手の呼びかけに、ふっと我に帰る。
やめよう。過ぎたことは、もう。失った何かは、戻ってこない。手に入れた何かも、失うわけにはいかないのだから。
「あんちゃん、何か良い事でもあったのかい?」
「え?」
「いや、何ね。いい顔してっからよ」
「……そうかも、知れませんね」
走り出した車の中から、一度だけ居酒屋を振り返る。
その中にまだ居るであろうあの人を想って、
「サヨウナラ。もしかしたら初恋だった人」
誰にも聞こえないように、口の中でそう呟いた。
それから数年が経った。慣れ親しんだ仕事はまだまだ順調で、今じゃ俺がチーフプロデューサーを任されている。
後輩達の指導にも、ようやく慣れた。きっと、このままずっと、こんな風に一日は過ぎていくのだろう。
でも。未だに俺は、新しいやりがいを見つけられずにいる―――
FIN