Eternal Never
感情に任せて、思いっきり殴り飛ばした拳の痛みが、今になってぶり返した気がして、左手で少し撫でてみた。
「まだ忘れられないっすか? あの人のこと」
かけられた言葉に目を開けると、心配そうな彼女の顔。
少し潤んで見えるのは、寒さに震えているせいだろうか。
「まぁ、な。忘れろったって忘れられん」
「仲、良かったすもんね。嫉妬しちゃうぐらい」
「……そうだったのか?」
「そうですよ。昔から先輩鈍いんすもん。今だって、気づいてないでしょう?」
「なんとなくは、わかってるけどな」
「じゃあ」
「でも。この煙草の苦さを忘れるまでは、きっと俺はアイツのこと忘れられないし、さ」
気づくと、足元の煙草はとっくに燃え尽きて、灰になっていた。
ポケットにしまってあった携帯灰皿に、丁寧に吸殻を入れる。残った灰は、風がさらっていってしまった。
「だから、すまん。もう少し、な」
「……わかってるっす。先輩のことですから。でも、いつまでも昔に目を向けてても、始まらないっすよ?」
「それも知ってるさ。アイツにも同じこと言われたしな」
まだアイツが生きている頃、言われた性質の悪い冗談。
『もしどちらかが居なくなって、どちらかが残ったら。その時は、すぐに前を見つめて歩こう』
約束は、今もまだ守れずにいる。
「冷えてきたな。そろそろ帰るか。帰りに飯でも奢ってやるよ」
「本当っすか? じゃあ、あそこ行きましょう。前に連れてってくれたパスタ屋さん!」
「お前ね、少しは遠慮しろよ」
「奢ってくれるんすよね?」
「ったく、現金なやつめ」
公園のくず入れに、まだ中身の残っているタバコの箱を握りつぶして投げ入れる。
いつまでたってもあの味には慣れそうにない。
あの不味さも、忘れられそうには、なかった。
そして、気づくと、そこにいた。
昔からある公園は、やっぱり昔から変わらない。
相変わらずシーソーは静かにたたずんでいるし、地球儀は所々さび付いている。
ブランコはゆっくり揺れているし、アイツは、俺の隣、あの白いベンチの上に座っていた。
「結局さ」
「何?」
「永遠なんて永遠にないし、絶対だって絶対にない、って言うよね?」
「そうだね」
爽やかな風が気持ちいい。木漏れ日が俺達を照らして、これが夢でなければ、と願わずにはいられない。
「でもさ。それって何かおかしいというか、変な気がしない?」
「まぁ、矛盾はしてるしな」
真剣な顔をして、そんなくだらないことを考える彼女。
真剣な顔をして、そんなくだらない所を見つめる自分。
「だからさ。結局、それは間違ってると思うわけですよ」
「間違ってる?」
「そう。永遠はやっぱりあるし、絶対だって、きっとあると思うんだ」
「だとしたら、面白いかもな」
嬉しそうに、本当に嬉しそうに彼女は笑う。
それをみた俺もまた、微笑む。
そこに彼女がいることを確かめながら、この時を噛み締めるように。
「例えば、ほら、だから、ね」
「……ああ、そうか」
俺達は、絶対に、永遠に、もう二度と、出会うことはない。
「そうなの」
「確かに、永遠はあるんだな」
「でしょ? だからさ」
そう言ったアイツは、そっと涙を流して。
「永遠に――さよなら」
別れを、告げた。
「……悲しいこと言うなよな。俺、絶対にお前のこと忘れてやらないぞ?」
「忘れなくてもいいから、もう前を見てよ。約束、忘れてないでしょ」
「守れてはないけどな」
「ううん。貴方はもう、前を見ることが出来るはず。自分に素直になってよ、ね?」
「お前は昔から、俺が隠してることがわかっちまうんだな」
「君が嘘をつくのが苦手なだけだよ」
「そうかな?」
「そうだよ」
涙を流したまま、面白そうに笑うアイツ。
俺も釣られて笑ってみる。きっと、涙で上手く笑えてないと思うけど。
「じゃあ、またね。あの子の事泣かしたら許さないから」
「怖い怖い。気をつけるよ」
「それと、煙草ありがとう。でも、体に悪いからあんまり吸わないように」
「言われなくても、あんな不味いもの好んで吸うもんか」
あの日と同じように、微笑んで手を振るアイツ。あの日と違うのは、これが別れだということ。
ぼやけていく景色に自然と涙がこぼれ出て止まらない。
そして、頬を伝う涙の冷たさに、目を覚ました。
「先輩、起きたっすか? そろそろ家につきますよ」
「ん……ああ、そうか。運転変わってもらったんだっけ」
「そうっすよ。先輩が眠いって言うから」
外はもう日が沈んで、星空が顔を覗かせている。
食事を終えた後、急な眠気に襲われた俺は、後輩に運転を任して、夢を見ていたようだ。
「……なあ」
「なんすか?」
「今度、お前が行きたいって言ってた遊園地、連れて行ってやるよ」
「……どうしたんすか? 急に」
「さっき、アイツに怒られちまってな。いい加減約束守れってさ」
「それって……」
「いい加減、前をみてもいいかな、とかさ」
少し頬を染めて、恥ずかしそうに身をよじる彼女を見つめながら。
目元に残った涙のあとを、寝ぼけた振りをして指で拭った。
了
作品名:Eternal Never 作家名:夜月天照