Eternal Never
「結局さ」
「何?」
「永遠なんて永遠にないし、絶対だって絶対にない、って言うよね?」
「そうだね」
公園には白いベンチ。空は快晴。柔らかな風が、頬をそっと撫で、木漏れ日が揺れる。
「でもさ。それって何かおかしいというか、変な気がしない?」
「まぁ、矛盾はしてるしな」
真剣な顔をして、そんなくだらないことを考える彼女。
真剣な顔をして、そんなくだらない所を見つめる自分。
「だからさ。結局、それは間違ってると思うわけですよ」
「間違ってる?」
「そう。永遠はやっぱりあるし、絶対だって、きっとあると思うんだ」
「だとしたら、面白いかもな」
嬉しそうに、本当に嬉しそうに彼女は笑う。
それをみた俺もまた、微笑む。
「例えば、ほら、だから、ね」
「……ああ、そうか」
「そうなの」
「確かに、永遠はあるんだな」
「でしょ? だからさ」
「永遠に――」
けたたましい携帯電話を掴み、時間を確認。
寝覚めはいい方だ。一つ溜息を漏らし、まだ渋る体を起こす。
そろそろ秋の足音が聞こえてきた9月中旬。布団から出るのは、正直一苦労だ。
それでも、冷たい水で顔を洗って、気分を引き締める。
朝食はシンプルにトーストにした。寝起きで食欲は湧かないが、何も食べないわけにもいかない。
少しよれたスーツに腕を通す。時間には、まだ少し余裕があった。
昨日買ったばかりの赤いパッケージを開け、煙草を一本取り出す。
久々の煙草は、やはりまずい。昔から嫌いだったこの味を灰まで吸い込んで、少しむせた。
車に乗り込み、待ち合わせ場所に向かう。
流れる景色は少しずつ色づき始めていた。夏の終わりが、そこにある。
母校のわきに車を止め、相手を待つ。
中学時代からの後輩である彼女は、待ち合わせの時間より五分ほど遅れてやってきた。
「ごめんなさい、遅れました!」
「全くだ。絶対に遅刻するな、って言ってたのはどっちだよ」
「だから謝ってるじゃないですかぁ」
「いやいい。そもそも時間通りにお前が来ると思ってた俺が間違ってた」
「先輩、それはもしかしなくても喧嘩売ってますよね?」
「今日のお前が、その喧嘩を買えるならな」
今日も先輩絶好調だ、なんて嘆く彼女を助手席に乗せ、車を走らせる。
少し開けた窓から吹き込む冷たい風に、彼女は顔をしかめた。
「先輩、もう寒い時期っすよ? 窓閉めません?」
「悪いな。確かお前、煙草の臭い嫌いだったと思ってよ」
朝から二本目の煙草を取り出し、火をつける。
くゆる煙は窓の外に流れていく。口の中に広がる苦味に、少し気分が悪くなった。
「煙草なんて吸ってたんですか?」
「全然。昔に少し吸ってたけどな」
「やめたほうがいいっすよ、体にも悪いっす」
「かもな。久々に吸ったらメチャクチャマズイし」
「だったらやめたらいいじゃないっすか」
「マズイからこそ止められないんだよ」
「なんすかそれ」
しつこく責め立てる彼女を適当にあしらう。
鼻を抜ける煙が呼吸を邪魔して、また少しむせた。
「今むせました? むせましたよね?」
「うるさいっつの。ここで降ろしていくぞ」
「ごめんなさいごめんなさい、だから勘弁!」
車を止めて外に出る。予想より低い気温に身震いした。
久々に寄るこの場所は、昔とちっとも変わりはしない。
昔はよく乗ったシーソー。地球儀は少しさび付いて、所々がはげている。
ブランコは乗せる人を忘れてしまったかのように、風に吹かれて揺れている。
白いベンチの上には、木の葉が散っていた。手で軽く払って、腰掛ける。
「変わらないっすね、この場所も」
「ああ。昔と同じままだ」
「永遠にこのままな気がしてますよ、アタシ」
「んなわけあるか。永遠なんてないんだよ」
「うっわ、先輩それ酷くないっすか!?」
相も変わらずなのは彼女も同じ。
口うるさいところも、やけにくっついてくる子犬のようなところも。
「いいからここで待ってろ。ついでに何か買ってくる。飲み物は何がいい?」
「あったかいブラックよろしくです」
「了解。少ししたら戻る」
自販機で買った三本のブラックコーヒー。
それらを手に抱えて公園に戻ると、ブランコを漕いで愉快に笑う彼女の姿。
「……何してんだお前」
「先輩もどうっすか? 割と面白いっすよ!」
「バカなことしてんじゃねーよ、ガキかっつの」
「先輩だってまだ二十三じゃないっすか!」
「もう二十三だろ。お前だって二十二だろうが」
「まだまだ子供ですもーん」
「……お前は特別ガキだろうに」
やっとブランコから降りた彼女に缶を投げ渡す。
小気味のいい音を立てて開いたプルタブ。だが口はまだつけない。
手に滲む熱が惜しく感じるぐらいには、今日は寒かった。
「はぁ。落ち着きますね」
「お前甘党じゃなかったっけ。ブラックなんて飲めるのか?」
「コーヒーはブラック! ミルクやシュガーなんて邪道です! ……苦手っすけど」
「じゃあ無理してブラックなんか頼むなよ。貸せ、飲んでやるから」
「あ、ちょ、あー! 勝手に飲まないでくださいよー!!」
奪い取ったコーヒーを一気に飲み干し、自分の分にも口をつける。
まだほの温かいそれが、体を芯から暖めてくれるような気がした。
「ゆっくり飲んでたのに……」
「いいじゃねーかよ。どうせ飲みきれなくて捨てるぐらいなら俺が飲む」
「そうですけど、そうですけどぉ……」
「それよか、そろそろ行くぞ。このままじゃ凍えちまう」
公園を抜けながら、三本目の煙草を取り出して火をつける。
歩き煙草に嫌そうに顔をしかめるのを横目に、苦笑いを投げかける。
まだ気づいていないところが、らしいと思った。
半分ほど吸ったところで口を離した。
脇に抱えた花束を、道路に添えて。そばにはまだ温かいブラックコーヒー。
最後に、火のついた煙草を。煙は、静かに流れている。
「もう、二年になるんすね」
「そうだな。あっという間な気がするが」
「そんなもんですよ。アタシもまだ信じられませんもん」
「だよなぁ、まさか、さぁ」
「あんなにあっけなく、死んじゃうんですもんね」
今日は、アイツの命日だ。
手を合わせて、目を閉じる。昔を、思い返していた。
家は実家の隣同士。
物心つくころには、一緒に遊んでいた覚えがある。
どんな時にも一緒にいて、まるで兄弟みたいだ、なんて茶化されたこともあった。
幼馴染と言うのは、大抵仲が悪くなると聞くが、不思議と俺達はそんなこともなかった。
周りからどんなにはやされても、それを否定することはあっても、離れることはなかったと思う。
高校を卒業して、就職が上手く行った時は、互いの両親よりも喜び、褒めあった。
アイツが愛煙していた赤いパッケージ。試しに吸ってみた時は、あまりの不味さについ吐き出してしまって、怒られた。
あの日、この場所で渡そうとしたシルバーリング。まだ、机の奥に眠っている。
はやる鼓動を抑えながら、待ちわびたベンチ。手を振り、微笑む彼女の、その最後の姿が、まだまぶたの裏に残っている。
脇見運転をしていたあの運転手には、今では悪いことをしたと思う。
「何?」
「永遠なんて永遠にないし、絶対だって絶対にない、って言うよね?」
「そうだね」
公園には白いベンチ。空は快晴。柔らかな風が、頬をそっと撫で、木漏れ日が揺れる。
「でもさ。それって何かおかしいというか、変な気がしない?」
「まぁ、矛盾はしてるしな」
真剣な顔をして、そんなくだらないことを考える彼女。
真剣な顔をして、そんなくだらない所を見つめる自分。
「だからさ。結局、それは間違ってると思うわけですよ」
「間違ってる?」
「そう。永遠はやっぱりあるし、絶対だって、きっとあると思うんだ」
「だとしたら、面白いかもな」
嬉しそうに、本当に嬉しそうに彼女は笑う。
それをみた俺もまた、微笑む。
「例えば、ほら、だから、ね」
「……ああ、そうか」
「そうなの」
「確かに、永遠はあるんだな」
「でしょ? だからさ」
「永遠に――」
けたたましい携帯電話を掴み、時間を確認。
寝覚めはいい方だ。一つ溜息を漏らし、まだ渋る体を起こす。
そろそろ秋の足音が聞こえてきた9月中旬。布団から出るのは、正直一苦労だ。
それでも、冷たい水で顔を洗って、気分を引き締める。
朝食はシンプルにトーストにした。寝起きで食欲は湧かないが、何も食べないわけにもいかない。
少しよれたスーツに腕を通す。時間には、まだ少し余裕があった。
昨日買ったばかりの赤いパッケージを開け、煙草を一本取り出す。
久々の煙草は、やはりまずい。昔から嫌いだったこの味を灰まで吸い込んで、少しむせた。
車に乗り込み、待ち合わせ場所に向かう。
流れる景色は少しずつ色づき始めていた。夏の終わりが、そこにある。
母校のわきに車を止め、相手を待つ。
中学時代からの後輩である彼女は、待ち合わせの時間より五分ほど遅れてやってきた。
「ごめんなさい、遅れました!」
「全くだ。絶対に遅刻するな、って言ってたのはどっちだよ」
「だから謝ってるじゃないですかぁ」
「いやいい。そもそも時間通りにお前が来ると思ってた俺が間違ってた」
「先輩、それはもしかしなくても喧嘩売ってますよね?」
「今日のお前が、その喧嘩を買えるならな」
今日も先輩絶好調だ、なんて嘆く彼女を助手席に乗せ、車を走らせる。
少し開けた窓から吹き込む冷たい風に、彼女は顔をしかめた。
「先輩、もう寒い時期っすよ? 窓閉めません?」
「悪いな。確かお前、煙草の臭い嫌いだったと思ってよ」
朝から二本目の煙草を取り出し、火をつける。
くゆる煙は窓の外に流れていく。口の中に広がる苦味に、少し気分が悪くなった。
「煙草なんて吸ってたんですか?」
「全然。昔に少し吸ってたけどな」
「やめたほうがいいっすよ、体にも悪いっす」
「かもな。久々に吸ったらメチャクチャマズイし」
「だったらやめたらいいじゃないっすか」
「マズイからこそ止められないんだよ」
「なんすかそれ」
しつこく責め立てる彼女を適当にあしらう。
鼻を抜ける煙が呼吸を邪魔して、また少しむせた。
「今むせました? むせましたよね?」
「うるさいっつの。ここで降ろしていくぞ」
「ごめんなさいごめんなさい、だから勘弁!」
車を止めて外に出る。予想より低い気温に身震いした。
久々に寄るこの場所は、昔とちっとも変わりはしない。
昔はよく乗ったシーソー。地球儀は少しさび付いて、所々がはげている。
ブランコは乗せる人を忘れてしまったかのように、風に吹かれて揺れている。
白いベンチの上には、木の葉が散っていた。手で軽く払って、腰掛ける。
「変わらないっすね、この場所も」
「ああ。昔と同じままだ」
「永遠にこのままな気がしてますよ、アタシ」
「んなわけあるか。永遠なんてないんだよ」
「うっわ、先輩それ酷くないっすか!?」
相も変わらずなのは彼女も同じ。
口うるさいところも、やけにくっついてくる子犬のようなところも。
「いいからここで待ってろ。ついでに何か買ってくる。飲み物は何がいい?」
「あったかいブラックよろしくです」
「了解。少ししたら戻る」
自販機で買った三本のブラックコーヒー。
それらを手に抱えて公園に戻ると、ブランコを漕いで愉快に笑う彼女の姿。
「……何してんだお前」
「先輩もどうっすか? 割と面白いっすよ!」
「バカなことしてんじゃねーよ、ガキかっつの」
「先輩だってまだ二十三じゃないっすか!」
「もう二十三だろ。お前だって二十二だろうが」
「まだまだ子供ですもーん」
「……お前は特別ガキだろうに」
やっとブランコから降りた彼女に缶を投げ渡す。
小気味のいい音を立てて開いたプルタブ。だが口はまだつけない。
手に滲む熱が惜しく感じるぐらいには、今日は寒かった。
「はぁ。落ち着きますね」
「お前甘党じゃなかったっけ。ブラックなんて飲めるのか?」
「コーヒーはブラック! ミルクやシュガーなんて邪道です! ……苦手っすけど」
「じゃあ無理してブラックなんか頼むなよ。貸せ、飲んでやるから」
「あ、ちょ、あー! 勝手に飲まないでくださいよー!!」
奪い取ったコーヒーを一気に飲み干し、自分の分にも口をつける。
まだほの温かいそれが、体を芯から暖めてくれるような気がした。
「ゆっくり飲んでたのに……」
「いいじゃねーかよ。どうせ飲みきれなくて捨てるぐらいなら俺が飲む」
「そうですけど、そうですけどぉ……」
「それよか、そろそろ行くぞ。このままじゃ凍えちまう」
公園を抜けながら、三本目の煙草を取り出して火をつける。
歩き煙草に嫌そうに顔をしかめるのを横目に、苦笑いを投げかける。
まだ気づいていないところが、らしいと思った。
半分ほど吸ったところで口を離した。
脇に抱えた花束を、道路に添えて。そばにはまだ温かいブラックコーヒー。
最後に、火のついた煙草を。煙は、静かに流れている。
「もう、二年になるんすね」
「そうだな。あっという間な気がするが」
「そんなもんですよ。アタシもまだ信じられませんもん」
「だよなぁ、まさか、さぁ」
「あんなにあっけなく、死んじゃうんですもんね」
今日は、アイツの命日だ。
手を合わせて、目を閉じる。昔を、思い返していた。
家は実家の隣同士。
物心つくころには、一緒に遊んでいた覚えがある。
どんな時にも一緒にいて、まるで兄弟みたいだ、なんて茶化されたこともあった。
幼馴染と言うのは、大抵仲が悪くなると聞くが、不思議と俺達はそんなこともなかった。
周りからどんなにはやされても、それを否定することはあっても、離れることはなかったと思う。
高校を卒業して、就職が上手く行った時は、互いの両親よりも喜び、褒めあった。
アイツが愛煙していた赤いパッケージ。試しに吸ってみた時は、あまりの不味さについ吐き出してしまって、怒られた。
あの日、この場所で渡そうとしたシルバーリング。まだ、机の奥に眠っている。
はやる鼓動を抑えながら、待ちわびたベンチ。手を振り、微笑む彼女の、その最後の姿が、まだまぶたの裏に残っている。
脇見運転をしていたあの運転手には、今では悪いことをしたと思う。
作品名:Eternal Never 作家名:夜月天照