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夢想家の夢

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<某月某日 晴レ
 今回ノハ号作戦ハ成功ヲオサメタ。
 今後ノ方針トシテ占領シタ施設ヲ中心ニ侵略ヲ進メテイク予定。
 尚、ハ号作戦ニオケル殉死者ハ百二十八名、内三十四名ガ消息不明>

 暗い部屋。蛍光灯の明かりは弱く、周りに窓はない。床は油まみれで汚れていて、衛生的に問題があると言わざるを得ない。
 それも、この戦時中ならどこでも一緒か、と相川祐一等兵は嘆息した。
 某国の核弾頭の使用を筆頭に始まった今回の争いはもはや二国間に収まらず、日本と同盟を組んだ米、仏を含む世界中にその戦火を及ぼしていた。
 初め1年も持たないと思われていた戦争だったが、某国の抵抗が激しく、またテロ組織の協力も手伝ってか、既に5年の年月が経とうとしている。
 そんな中、例え床が油まみれで時たまゴキブリが蔓延っているのを見ても相川は何も言わず、ただ食堂で黙々とカレーを口に運ぶのであった。

「うへぇ、相変わらずきったねーな、ここは。誰だぁ? 掃除サボってんのは」

 無論、簡単に口に出せてしまう人間も居るが。
 相川はもう一度嘆息し、勝手に目の前に座った人物を見る。
 北沢潤一一等兵。この兵寮で初めて会った男だ。
 気さくで話しやすい、と言えば聞こえはいいが、実際は大雑把で面倒くさがり、軟派で八方美人。
 女兵に声をかけては撃沈してる、そんな奴だったりする。
 相川がここに来た時に初めて話しかけてきた男で、以来二人は気が向いたら話すような程度の仲である。

「仕方ないだろ、このご時勢だ。第一食堂はともかく、こんな誰も使わない第二食堂なんか目を向ける暇ないんだろうよ」
「つっかさ、相川さんよ。何でいちいちコッチなわけ? 別に第一でもかまわないだろうに」
「俺はうるさいのが苦手でね。これだけ離れてるなら向こうの喧騒も聞こえないし」
「ふ〜ん、そういうもんなんかね」

 実にどうでもよさ気に、北沢は呟く。その顔色に、少し不満を浮かべて。
 そう言えば、この男は静かな場所よりも、派手で喧しい所を好む奴だったな、と相川は得心した。

「そっちは何でこんな所に? ここは第一食堂があるAブロックから500mは離れたCブロックだぞ?」
「ん、あー、なんとなく、かな」
「ふーん……」

 そして、無言。
 元々そんなに話すほうじゃないが、ここまで静まり返るのは初めてだ。
 とはいえ、互いに何を考えているかはわかる。今日の作戦概要についてだろう。
 ハ号作戦と呼ばれるそれは、敵国の要とも言える核施設を占領・略奪し、戦力の無力化を狙うというもの。
 成否如何によってはこの長い戦いに終止符を打つ事が出来るかもしれない……残るのはどちらかわからないが。
 そう。この作戦は今まで行ったどの作戦よりもリスクの大きいものである。敵だってバカじゃない、施設にはいつも以上の戦力を注ぎ核を死守してくるだろう。
 つまり部隊が全滅したら終わり、核スイッチを押されても終わり、占領出来なくても終わり。
 だから、この作戦の肝は奇襲と戦力にある。
 敵に気づかれないように接近し、進入するためには多くの人員は逆に足かせになる。
 精々三個中隊が限度だろう。対して、施設に居る敵軍の数は少なくとも一個大隊にもなる。
 そして、その精々の中に日本国第56番隊―――二人が属する部隊はあった。
 カチャカチャと、スプーンが皿を擦る音が響く。
 周りを取り囲む一面のコンクリートが、陰鬱とした雰囲気に更に拍車をかけた。
 もう皿の中にカレーは残っていない。相川は皿を片付けようとして、

「あの、さ、」

 呼び止められた。

「お前、夢ってあるか?」
「なんだ、急に」
「いいじゃねぇか、気分だよ気分。あるのかないのか」

 多少気恥ずかしいのか、語気を強めてくる。
 まぁ、それはそうだろう。夢だなんて今時真剣に話すような内容でもない。
 ましていい年をした大の男が話す内容では決してないだろう。だが、確かに誰もが持ちえる物である。
 もちろん、それは相川にも言えることであった。

「……笑うなよ」
「笑うかよ」
「……空を、飛びたいんだ」
「空?」
「背中にでっかい羽つけてさ。空の向こうまで飛んで、争いの無い平和な世界ってのを見てみたいんだ」
「ック、なんだそれ、このおーぞらにー、ってか?」

 堪えようとした声は、我慢し切れなかったのか、すぐに爆笑へと変わった。

「笑わないって言ったじゃないか」
「ああ、わりぃ。でもよぉ」
「本当はな、受け売りなんだよ」
「あん? 誰の」
「俺の息子さ。ここに配属される前に見せてくれた絵に、それが描かれてたんだよ」
「羽をくっつけたお前の息子がか?」
「ああ。本当に気持ち良さそうに飛んでるんだ。眩しいぐらいに笑顔でさ」

 生まれて5歳になる息子。徴兵されてから3年、ひと時も顔を忘れたことはない。
 戦争が始まってすぐ、日本でも徴兵令が発令され、20を越える男子は皆、自衛隊に派遣された。
 順当に育っていれば、もう8歳になる。ここへ来てからは連絡も出来ず、安否を知る術はついに無かったが。

「いつか、この戦争が終わったら、息子に見せてやりたいんだよ。平和な空って奴をさ。あ、これじゃ夢が二つになっちゃうか」
「……いいんじゃねぇの? 夢は一人一つきりです、なんてどっかの誰かが決めたわけでもあるめぇし」
「それも、そうか。で、お前の夢はなんなんだよ」
「ハーレム。いい車に乗って、浴びるほど酒飲んで、溺れるほどいい女を抱きまくる」
「うわ、ベタだな」
「ヘヘッ、でも悪くはねーだろ?」
「確かに、言えてる」

 突然、施設内全体にブザーが鳴り響く。長く、長く。
 それは作戦の時間が来たという合図だ。日常と、戦場を分ける合図でもある。

「……まあ、なんだ。そのハーレムって夢も、生きてこそだよな」
「その通り。……作戦前に話せたのがアンタでよかったよ。正直さ、こんな話できんのアンタぐらいしかいねーなって思っててさ」
「俺も、話せたのがお前で良かったよ。空を飛びたいだなんて、普通笑われて終わりだし」
「確かに。そうだ、来週お前の息子見せてくれよ」
「来週……? ……ッ、いいよ。俺に似て可愛いからさ」
「出来りゃ、お前の奥さん似であることを願うよ」
「あ、ひでぇ」
「じゃ、来週な相川」
「ああ、来週だ、北沢」

 そうして、男たちは戦場へと駆ける。

 飛び交う怒号。飛び散る火花と銃撃。生憎の雨が視界を遮り、体は泥にまみれる。
 塹壕の中に潜んで、敵兵を撃つ。地面は雨と血で濡れて、薄い赤褐色に染まっていた。
 作戦の概要はこうだ。まず、一個中隊が正面から攻撃をしかけ、陽動する。
 その隙に、森と空から奇襲をかけ敵を殲滅。電光石火を主とするものだ。
 相川達日本国第56番隊は、陽動部隊に回された。
 この作戦で一番重要な役目である。勿論、それだけ命の危険は跳ね上がるが。

「オイ、誰か弾持って来い! どんなに打ち込んでもたりやしねぇ!」
「あいよ! 物資はアタシらに任せときな!!」
「サンキュ、美沢! お礼に後でたっぷり俺のタマぶち込んでやっからな!!」
「ハン、北沢なんかの小型拳銃から出るタマなんかじゃ、入ったかどうかもわかりゃしないわよ!」
作品名:夢想家の夢 作家名:夜月天照