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白と黒の世界はこんなにも鮮やかだ

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 暑い日の昼下がり。ショーケースの上に頬杖をして、軒先をぼうっと眺める。小憎いくらいの日差しが視界を焼いていた。
降り注ぐ蝉の声が頭蓋に響く。

 「すんませぇーん」

 炎天下、玄関の方で声が上がる。間の抜けてイライラする声なので返答にかなり嫌気がさしたが、客なので一応相手をしなければ、店の信用に関わる。
 しかし何よりも、こんな半分理不尽な怠慢で自分が怒られるのは嫌だと思った。

 「…らっしゃいませ」

 「うーっす!おはよっさん!いつもので!」

 「………」

 僕は閉口した。
 いつもの、いつものってことは、この超能天気お坊ちゃんは自分がうちの常連だと思ってるのか。
 盛大に大きな溜め息をついて、眼前の客から目をそらした。

 「あれ、覚えてない?覚えてない?」

 わざとらしく眉をハの字にして言った。悪かったね覚えてないよ。

 「わぁーひどーい……柚ちゃんひどいー…つい昨日隣で由緒正しき作法について語り合ったばっかなのにー、お気に入りの乾菓子とか、抹茶とかー、素晴らしい友好を築いたばっかなのにー、俺んち結構前からここの買ってるのに、おふくろここのギンツバ大好きなのに抹茶とか超旨いのに…」

 頬がひきつる。

 品の無い語尾の伸ばし方に、さらにイライラが募る。

 「酷すぎやしないかい、わが親友虎屋柚二郎!!」

 会って半月もしてない人間を親友と言うか。しかも相手の了承無しに。

 (最後の2つ3つくらいだけがまともだな)

 うっすら思った。
 眉間にシワをよせたまま何も言わない僕を、腰に手を置いて顎をくっ、とあげた上から目線で僕をにら…いや多分見つめている。僕は表情に更なる嫌悪感を剥き出しにしてやった。
 諦めたのか、相手は拗ねた顔で溜め息をつく。それじゃーあー、と言うその表情は余計だと思う。

 「ギンツバ6個と、五色大福6個ずつたのんますー」

 「…ありがとうございます」

 落ち着け僕。イライラを抑えるために、マニュアルの返答を返す。

 「1862円になります」

 できたてアツアツの、うちの自慢を空気ごしに感じながら、そっと紙袋をレジ台に置いた。
 代金払って、さあこれでさっさと帰ってくれ。心の中でそう悪態をつきながら。

 「はい、ちょうど」

 「…ちょうど、1000、と800と62円。ありがとうございます」

 マメに揃えて来てくれたんだな。おばさんありがとう。いつもありがとう。

 「どーもー」

 あんたは早く帰ってくれ。

 「…………」

 紙袋を受け取った。中を少し覗いて確かめる。僕はレジ台の向こうの客に向かい合ったまま、客が暖簾をくぐって帰るのを待つ。その頭が暖簾の外に出るまで、店の正面を向いている。背中を正面に向けてはならない。横を向くのもあまりよくない。姿勢をちゃんとして、敷地の中に入ってきた客を、責任持って見守る。

 「…えぇ、サービスしてようー」

 「サービスって…」

 しかしかくして僕の最大の願望は脆くも崩れ去る。
 ガサッと両掌の上に紙袋を載せて、相手はいかにも寂しいですと訴えてくる表情で言うのだ。
 ゛いつもの゛だ。重さを分かっているのだろう、ちょっと覗いた視覚情報を信じない、そういうところが少し悔しいと思う。

 嫌気が差しても拒絶しきれない悔しさを感じた。

 「おまけで何か!女将さんはいつも入れてくれる!」

 そう言って両手を併せる。
 その顔は追い打ちだと思う。

 何かを期待している、嬉々とした表情に更にイライラした。

 「……例えば、何」

 「ゴマダンゴ一揃い」

 80円3個分。何とも言えない微妙な数だ。
 相手は続ける。

 「後、お彼岸のときは牡丹餅2つずつくれた」

 いつも取り合いになるんだぜ、と言うその顔は邪魔だと思う。

 気付けは何故かイライラは薄れていて、割と冷静な頭でこの件について考えている自分に少し驚いた。
 そして、割と前向きな気持ちでタダ払いをさせようとしている自分に驚いた。

 「―――じゃあ、僕のおすすめを入れさせて貰おうか」

 溢してしまった言葉は彼には聞こえただろうか。
 こういうのは宣伝でもあるんだ。こういう商品もあるんですよ、という意思表示だ。

 お目当てをひとつ取り出して、言った。

 「ずんだ餅ひとつ。これでいい?」

 今僕はどんな表情をしているんだろう。
 先ほどとは打って変わって、妙に心が浮わついたような気持ちだ。


 しかし、

 「ぉ、高いのに。ありがとう!!」

 にこっと笑う。
 再び僕はイラッとする。

 「どういたしまして」

 嫌にニコニコする顔がやはり気に入らなくて、そっぽを向く。
 さっきの妙に楽な雰囲気は嘘だったのか。

 「じゃ、あんがとさんっしたー」

 紙袋とずんだ餅をいれたビニル袋を提げて、暖簾をくぐるその背中にまたおこしくださーい、と云おうとしてそちらのほうにちらりと視線をくれたとき。

 「そういえば柚ちゃん、部活動何にするか決めた?」

 くぐるように屈んだその姿は、まだ店の敷居を跨いでいなかった。頭だけ向こう側に出して、西日が少しだけ逆光を作っていた。
 少し背の高い彼は、暖簾を手で開いてその隙間からこちらの方をみていた。
 虚をつかれたようだったが、その答は僕には明白なので、あまりためらわずに答えた。

 「書道」

 すると彼は、そう、と言って笑った。

 「じゃあー、俺もそうしようかな」

 明後日の方を見遣り、独り言のように呟く。
 じゃーまたガッコでーと付け加えて、暖簾の向こう側に隠れた。
 黒いローファーが鳴らす砂利の音が、蝉時雨に消えていく。
 間延びした語尾が、厭に聞こえなかった。



 「………」


 「柚」

 「…――」

 「ゆず、」

 「うん、聞こえてるよ」

 それからごめん、と付け加える。

 店の奥から割烹着姿の母が出てきた。

 「今仕込み中じゃないの?」

 目を離してしまえばすぐに無駄な灰汁や焦げが出てくる。目を凝らして耳を澄まして鍋を見ていないと、本当に美味い餡は出来ない。

 「うん、父さんと楓が見てる」

 「兄貴」

 僕は家を継ぐ兄貴から、そう教わった。

 「そう、」

 だから厨房にいる時は声をかけるなと、算数の宿題を教えてもらいたかった自分は突っぱねられた。

 「母さん、さっき」

 兄には店を継ぐことが総てだ。

 「誰か来てたね。お客さん?」

 「うん」

 厳格な父が、長子である楓一郎にそう教え込んだからだ。

 「知ってる?5丁目左端の」

 だから、次男である僕にとって、弟妹に頼られる柚二郎にとって、ふつうな話ができて頼ることができるのは母だけだった。

 「ああ。いらしてたの。ギンツバと大福1862円、大丈夫だった?」

 だから、母さんとはやけに話し易く、よく意気投合した。

 「大丈夫だったよ。そんな子どもじゃない」

 「そ、ありがと」

 柔らかく笑って、僕のそばに来て、母さんはレジの中を覗き込んだ。

 それから僕はふと思い出す。

 「あ、あと、母さん、あの人にタダ払い、――…」