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夢と現(うつつ)

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 あとは賑やかな宴会になった。満足したのか信二もまゆを相手に楽しそうな表情を惜しげも無く出してくれた。時雄も嬉しかった。

     葬送
 それからふた月後、梅雨空がうっとしい日の早朝に信二は逝った。くしくもまゆが退院した翌日であった。臨終は佳代子と法子が看取った。
 その直前に「お盆には帰ってくるよ」と信二は一言残して逝った。

 時雄にはあの宴会が最後だった。告別式に駆け付けた時雄に、精進落としの席で佳代子が一枚のメモを見せた。
 あまり目も見えなかったんだろうか、新聞の折り込み広告の裏にたどたどしい平がなだけの文字が書いてあった。枕の下から出てきたという。
 
 (さきにいく おまえにはかんしゃしている ありがとう まゆをたのむ)

 おそらく死の数日前に書いたものだろう。
「奥さん、遅くなりました。知らせを頂ければ駆けつけましたのに」時雄がわびた。
「いいえ。亡くなる二日前、危篤になる直前に主人が『先生には知らせるな。遠いから』と申しておりました。遠路、参列頂きましてありがとうございました」佳代子が時雄のグラスにビールを注いだ。
「亡くなる前日、まゆちゃんが退院する日に主人の元へあいさつにきましたがそのときはもう意識はありませんでした。『死なないで』と泣きじゃくって主人の手を何度も握りかえす姿はかわいそうで、思わず私も泣いてしまいました」
「彼女には知らせたのですか?」
「いえ、まだです。小野田先生が何度も市へ足を運び尽力してくれました。そのかいがあったのか、市の福祉課が手を尽くしてあの子のおばさんにあたるひとを見つけてくれました。そこへ引き取られることになり神戸市へ帰っていきました」
「そうですか。それは良かった。それで信二の遺志はどうされましたか?」
「百万円のお金を引取りに来られたおばさんに託しました。主人のたっての願いですから」
「よく決意されましたね。その住所を教えてください。あいつとの約束です。私もあの子のその後を見届けたいのです」
 佳代子が他の弔問客へ移動したあと、時雄は提げてきた長崎の焼酎を取り出した。
 グラスをふたつ並べてその両方になみなみと焼酎を注いだ。ひとつは信二の分だ。
 (乾杯!)のしぐさをして飲み始め、そして信二の面影を探すように考え出した。

 激しい競争を生き抜いたひとりの団塊の世代が逝った。あまりにも早い死である。まだ生き残っている同世代はコンベアに乗せられて大量に廃棄されるときが来るのだろうか? 
 あいつは預言していた。
 今、時雄はそうなるような予感がしてきた。
 『自分には大した夢も無く、走ってきただけだ』と信二は言った。数の倫理の中で生きてきた『その他大勢』の団塊の世代が描いた真の”夢”とは何なんだろう?そしてそれは叶えられたのか?
 それとも現実は正に”夢(ゆめ)現(うつつ)”で終わってしまうのか?
 妻の不倫を知り、その直後に死を宣告されてもなお且つ家族のために『許す』という思い荷物をひとりで背負い通した信二の死はあまりにも辛く寂しい。
 最後まで死にたくないと思いながら若くして逝くのも悲劇なら、残って葬(お)送(く)るのも地獄か。

 そういえば、あいつはホスピスに勤務していた。
 ホスピスはキリスト教の教えに由来している。中世におけるキリスト教の聖地巡礼に伴う宿泊施設として始まり現代に至る伝統はよく知られている。
 一方、「仏教ホスピス」として『ビハーラ』と呼ばれる施設が広がりを見せている。古代インドにおいてサンスクリット語で僧侶、寺院や安住・休養の場所を意味するビハーラが現代では仏教を背景としたターミナル・ケア施設の呼称として一九八五年ごろに提唱されたらしい。
 その理念には『良い離別(わかれ)』に代表される哲学があると云う。

 この思想、惑わされることなく次世代にバトンをつないでほしいと時雄は願わずにはいられなかった。



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作品名:夢と現(うつつ) 作家名:笠井雄二