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くらたななうみ
くらたななうみ
novelistID. 18113
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一万光年のボイジャー

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第四章 行方不明







しかし、残念ながら終止符を打つどころか、件の『幽霊戦艦』は、エーミィの行った決死の偉業より前進を見せることはなかった。

『そんなものがレーダーに映ってたら、戦艦ミカエルは、フロンティアから離れるわけにはいかねえなあ』

間の抜けた笑いと一緒に、シューの警告は却下される。今朝のことだ。
朝の食卓の間で父親が勤務に出るまであと数分少々、それまでに話を取りまとめなければならない。シューはエーミィとした約束を少しでも果たしたくて、広げられた新聞に隔たれて目線すら合わせてくれない父親に更に食い下がった。

『異常なんてなかったさ』

散々絞った台詞が、大人の一言で一蹴される。

『シュー、お父さんご飯食べてるのよ』

俺だって食べてるよ、でもそれ以上に大事なことなんだ、とたしなめてくる母親にシューは大声で言った。
しかし、高性能レーダー『エンジェリック・アイズ』のメカニックチームの一員としての父親は、シューの言動を子供の戯言にしか考えてくれない。
一昨日も昨日も、今までずっと、『エンジェリック・アイズ』の可視圏内には異質な反応は無かった。父親、いや、メカニックの見解は一貫してこうだった。



「ごめん」

シューは謝った。
大樹のような大きく美しい光学望遠鏡も、今日は撫でようとは思えない。エーミィの偉業は未だ戯言にされたまま、全てはふりだしへ戻ってきてしまったのだ。

「シュー、いいよ」

エーミィは時計を見て、そして接眼レンズに瞳を押し当てる。

「貴方は信じたし」

それは現物を見たからだよ、とシューは思った。皮肉にもそれが事実なのだ。
同一思想者という崇高そうな響きで、自分たちを特別なものとしてカテゴライズし、もしおそらく実際の『幽霊戦艦』を見る前にエーミィが打ち明けてくれていたら、少なくとも二度、疑ったに違いない。


『オレンジ色の太い光の軌跡、その中心に一定間隔で点滅する赤いランプ、星雲の遥か向こうに微かに確認できるが、数秒で通過して消えてしまう』


今年になってから現れた『幽霊戦艦』の噂の概要だ。
しかしハックルベリーは噂の的を、去年の暮れには早くも目にしていた。おそらくは、ハックルベリーより前に見ていて、それで言わずにいた輩が少なくともいる筈なのだ。

「俺たち子供はもっと、自信を持ってこれを言うべきだったんだ。噂なんかにせず、もっとはっきり言わなくちゃいけなかった」

怖いからという一言で口をつぐんでもいけなかった、面白おかしく怪談話にしてもいけなかった。だから今、ことは噂として、フィクションさながらに子供社会中に蔓延してしまっているのだ。
しかももっと悪いことに大人は、『エンジェリック・アイズ』とそのクルーたちは、異変に気付きやしない。

「ううん、シュー、その意見だと、物事は、一つの方向からしか考えることができていないわ」

途中でエーミィが代わってくれたので、シューは『幽霊戦艦』の姿をたっぷりと見ることができたが、提示された思わぬ異論に、シューは『幽霊戦艦』が消える瞬間までレンズに目を当てていられなかった。

「今シューが言ったのはね、一つ、『エンジェリック・アイズ』にすら『幽霊戦艦』は捕捉できない、だから大人は誰も気付かない」
「そうだよ、異変なんて今までずっと無かったって、父さんは――」
「でもね、もう一つあるわ」

エーミィは眼光を細く絞り、望遠鏡の下で硬直しているシューの鼻先におもむろに人差し指を突きつける。

「一つ、『エンジェリック・アイズ』も大人も、全て知っていて、それを子供に隠してる」

あと半月もすれば自動的に接触するのに、先駆けてでていった攻撃戦艦『ミカエル』。
なぜ、大事な護りの要が『フロンティア』から離脱して行ったのか、それも、一ヶ月も。
『いて座M22』の直径は110光年以上である。つまり光と同速で飛行する『フロンティア』でも、通過に110年はゆうにかかる。そんなものに一ヶ月程度探索に行ったところで、そもそも無意味だ。
ならば攻撃戦艦『ミカエル』出航の、本当の目的は一体、何なのか。何処なのか。

「あたしたち、『エンジェリック・アイズ』に行かなきゃ」

シューは、コクリと黙って頷く。全てが一つに繋がった気がしていた。
ただその繋がったピースがまた、ズタズタに引き裂かれようとは、予想だにしなかったことだ。



攻撃戦艦『ミカエル』の、ロスト。

名目上『いて座M22』へ向かい、その赤く美しい機体と銀の翼のような砲台を翻していた『ミカエル』の姿を、シューはまだ瞳の奥に焼き付けていた。
だからそのニュースが流れても信じられず、エーミィに頼んでまた光学望遠鏡でその姿を確認しようと思った。

「見えやしないわよ」

望遠鏡の鏡筒は、予め『ミカエル』が飛んでいった座標の方へ向けられていた。つまりもう既に、エーミィは確認してしまったことになる。

「嘘みたいでしょ、ないの」

本当に嘘のようだった。いや、嘘なら実際良かったのに、その座標には艦影はおろか、塵一つ無い。何か、例えば小さなブラックホールやなんかが戦艦一つ飲んでしまったかのように、その場所には無意味なくらいの虚無が広がっている。
遥か背景にはちゃんと球状星団のスフィアが可視できるから、この光学望遠鏡の誤作動でもないし、もちろん『ミカエル』が早くも目的地に辿り着いたというわけでもなさそうだった。

「パパも、一緒に消えちゃったんだ、『ミカエル』と」
「……エーミィ」
「何も言わないで、窮屈よ――それにあたし、シューに嘘ついてたんだし」
「うそ?」
「パパ、『写真撮って来るよ』なんて、あたしなんかに言ってない」

アタシナンカ、に言ってない。
エーミィはシューを部屋に招き入れてからずっと、床に目線を落としたまま、時々つぶやく程度だった。しかし彼女は時折視線を上げ、宙へ留める。透明なドームの天井の遥か向こうをエメラルドグリーンの瞳が見据えては、切なげに歪むのだ。

「満足な写真一つ撮れやしないって私が毎日言ってたから、呆れてる振りして言い続けて追い詰めたから、何も言わずに出て行って、『写真、撮って来たよ』って、あたしに事後報告するつもりだったんだわ」

パパを『フロンティア』から追い出して、挙句消しちゃった。
エーミィはつぶやきながら、膝を抱えて父の愛した光学望遠鏡にしなだれかかっていた。くしくもそれが父親の消失を娘に知らしめてしまったのだというのに。



シューは部屋を出た。
『ミカエル』を見せてくれ、なんて自分は酷いことを言ったもんだった。悔やんでも一度出てしまった言葉はもう呑めない。

「シュー、バカッ!!探したんだから!!」

長い中空回廊を歩き出していた背に、大声と共にどすんと何かがぶつかって、シューは踏ん張ったが前にのめり押されるままにそのまま床の上に倒れてしまう。もつれながらしばらく転がり動きが停止したときには、シューは床に腕と頭をしたたかにぶつけていた。

「んだよ、もう」
「お願い、私と来て」
「は?」

彼女の声は、今までにない程の焦りを含んでいた。