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くらたななうみ
くらたななうみ
novelistID. 18113
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一万光年のボイジャー

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第三章 ボイジャー







シューは、どさくさに紛れて持ってきた、『いて座M22』の写真をベッドの上で仰向けに転がりながら、まだ眺めていた。

「すごい、よな」

これは立体じゃない。描かれているのは平面だ。なのに、個々の星を立体座標の上に無意識に配置することができる気がする。それほど星がひとつひとつ、息をしている。
じっと見つめていると、今にも無数のそれらがまたたきを始めそうな気がしてならない。

『パパの光学望遠鏡で、じかに見せてあげる』

エーミィとの約束を脳内でエンドレスリピートしながら、シューはいつ、ハックルベリーが写真を返せよと怒鳴り込んでこないか待っていた。
今頃は図書館でM17のスライドを見ながら、やはりうっとりしているのだろうか。
ただし、M17は、散光星雲だ。
星雲と星団は根本的に違う。前者は宇宙塵の群集体に過ぎないのだ。一言で称すならば、ゴミの山。しかし後者は名のとおり星の連なり、写真にあるようなこの世で最高の崇高な図形である。

かつてシューは、こんな凄い写真を見たことがあった。
シューは起き上がり、脇にある本棚に飛び付く。その中から薄い古書を一冊抜き出し広げた。
『惑星のはなし』という子供向けの著書で、幼い頃誕生日に両親がくれたものだ。装丁は古ぼけていたし、実際ラジコンやテレビゲームが欲しかった。それでも今まで捨てずに取って置いた理由があるのだ。

『撮影 ボイジャー2号』

そう記されたページには、ガスの雲で覆われた惑星の表面の写真が、まるで連続写真のように何枚も掲載されている。

遠い昔に置いてきた、太陽の眷族。惑星『木星』。

かつての無人探査機ボイジャーは、『ボイジャー計画』にのっとり西暦1977年に打ち上げられた。それから数十年、太陽系外へ飛び出した始めての人工物として賞賛を浴び続け、太陽の眷族である星たちを写真に収め続けたという。『木星』はその代表格だ。
大半がガスで構成される、太陽の成り損ない。ページの下にはそう説明書きがされているが、それこそ失礼な話だ、とシューは毎度思うのだ。
鮮やかなガスの渦は、時間の経過と共に蠢きながら流動する。生き物だと錯覚しそうに美しい。
ボイジャーは7万キロ近く、換算すれば0.0000000074光年もの至近距離へと惑星『木星』に接近を果たし、夢中で写真を撮った。何枚、何十枚、何百枚、何千枚。
四コマ漫画さながらに幾つも同じアングルで載せられた写真のどれも、『木星』は違う顔を覗かせていた。

「夢中で何万枚も撮るわけだよ」

ボイジャーの気持ちを分かったつもりになってシューはつぶやく。
背景には、粒にしか見えない白い星と、暗黒が映りこんでいる。しかし木星の表面ではおおよそ宇宙空間で考えられないような色がせめぎ合い、渦を巻いて踊っている。

「同じ太陽の眷族なのに、とうとう一万光年も別たれちゃった」

瞬く光でももう地球まで一万年を要する。地球と同じ太陽の眷族、『木星』に直接会える日は永遠にやってこない。
つぶやきながら、シューは本を閉じた。返さなければならないいて座の写真はこっそりそこに挟んで棚へ戻す。

「凄いロマンチスト」

不意打ちに、シューは一瞬息を止めた。
人間は限界まで能力を高めれば気配を消すことができると漫画で読んだ。気を消すのだ。そしてその為には何年もの修行を必要とする。
なのにどうして一般人の、しかも女の子が、そんな技を身に付けているのだ。シューは再び呼吸を取り戻し、そして身震いした。
いつから見てた?とは怖くて訊けない。

空け放たれた自動扉に寄りかかって腕を組むエーミィに、ベッドにゴロゴロしながら想いを馳せたり、本棚に飛びついて児童書籍を漁ったり、そんな場面を見られていないことを祈るばかりだ。自分と彼女は同一思想者であり、決して「子供っぽい」と見下した評価をされてはならない。

「俺、自由研究で『ボイジャー計画』調べようかと思って」
「小惑星にぶつかって大破した方?それとも、燃料切れでデブリになった2号の方かしら」
「……両方だよ」

デブリ呼ばわりされようが、送信機能が停止して宇宙のゴミと見なされた当初、2号のメモリーには地球に送った以上に多くの映像が残っていたのだ。彼は頑張った。
さっきは自分だってロマンチックな乙女の顔をファザコンの下に覗かせていた癖に、今のエーミィはアカシアじゃないが、「豚にでも食わせちゃえばいいじゃない」とか言いそうだった。

「迎えに来たわ」

時計はもうすぐ夕飯の時刻を差している。

「ごはん、食べてからじゃあ駄目なのか」
「貴方のお母さまに、今夜はうちでご馳走したいですって、ずうっとさっきに言っちゃったもの」

すごい用意周到、とつぶやきながらシューは大人しく従うことにする。ただ、無意識下ではあったが微かな違和感を感じていた。なんとなく、エーミィが必死になっている気がする。
そう思って、そしてしかし、すぐに忘れてしまった。

「迎えに来たわ、良い?」
「ああ」

シューは答えた。
我が家のシェルター区画から外に出て、大きく弧を描く回廊をエーミィの後ろをついて歩く。各区画の換気口から、生暖かい食事の香りが漂い、それらが複雑に混じってなんの献立かそれぞれ判別することは不可能そうだ。
ガラス越しの暗黒にはやはりまだ、星団の姿は肉眼で見られない。しかし今から自分はこちらから打って出る。それを思うとわくわくして思わず走り出しそうになるがしかし、クールガールエーミィの手前、シューはそれを限界まで我慢することにする。

工業区を挟んだ向こう側に、居住区の宇宙船の数十倍は大きい通信衛星『コミュ・サテライト』が、どっちが上か下かも無意味に等しい宇宙空間で、縦に長く手足を広げている。『フロンティア』の中心だ。
その中心を囲み込むように工業区と倉庫が並んでいる為、普段はその排気で『コミュ・サテライト』は霞んでしまい満足に拝めない。しかし今日は、入り組んだアームや360度全方向に展開されたパラボラアンテナの一つまで、やけにくっきり見えた。

「エーミィんちの区画、俺、場所知らないな」
「そうよ、だからあたしが、直々に迎えに来てあげたんじゃないの」

居住区09『マクスフォルン』の外周を囲む中空回廊を、シューはただついて行くしかなかった。彼女の家を知らない。始めは『コミュ・サテライト』がガラスの向こうに佇んでいたが、カーブを描く通路を行くうちに次第に後方へ流れ、工業区も見えなくなる。
工業区が視界から切れた本当の暗闇の向こうに、『フロンティア』最外郭を周遊する巡回船『フライヤー』が、攻撃戦艦『ミカエル』に追従し横切っていった。

「『ミカエル』が何でこんなところに」
「あっ、今あれに、パパも乗ってるのよ」
「へえ」

エーミィが指が示すその先に、炎と戦いを司る大天使ミカエルの名を拝借した大型戦艦が、赤と黒に塗装された流線型のフォルムを晒しながら『フロンティア』に背を向けている。
両舷にシンメトリーの形状で幾つも突き出した、さながら両翼と見紛うような銀色の砲台は、未だ小隕石撃墜用にしか使用されたことはないらしい。

「どこ行くんだ、『ミカエル』」