一万光年のボイジャー
「今から死ぬ『フロンティア』と、あたしたちの……ううん」
シューは戻ろうとじたばたもがいた。でも頭では、理科で習った法則に従い、物質は真空中では与えられたエネルギーの方向へ等速で永久に動き続けると知っていた。
何かを掴んでその運動を止めようとする手は、何度も、懲りずに空をきる。
「あたしの墓標になって、シュー」
「嫌だ!!駄目だッ!!」
この『エンジェリック・アイズ』から外へ飛び出して、完全に離れてしまったとき、シューは一瞬で光の速度に置いてけぼりにされる。
タキオンエンジンは持っていないにしても、秒速30万キロメートルで飛ぶこの船は、たった1秒で30万キロメートルの隔たりを、自分たちに生み出してしまうのだ。
「あたしの、墓標になって」
シューは、「エーミィ」、と彼女の名前をつぶやいた。
エメラルドグリーンの双眸が最後にシューを強く見つめて、そしてすぐに、それてしまった。
「酷いねあたし、ごめんね――大好きよ、シュー」
できればすぐに言葉を返したかった。ただ、大事な場面だから言葉を選ぼうと思って、一瞬躊躇して、結局それを言う前に暗い宇宙に放り出される。
そして、彼女が死ぬ音を聞くことさえも、数十万キロメートル越しにしか叶わなかった。
作品名:一万光年のボイジャー 作家名:くらたななうみ