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ワールドイズマインのころ

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毒のふりして




「せんせえー」
「…………」
「ばんそうこ……、あれ」

声とドアのぶしつけに、いつもなら保健のせんせいが座っているはずのゴロゴロ椅子を占拠した男が、しい、と指を立ててにやけた。

「なあにしてんの、トキガワせんせ」
「…………」
「え?」

場にそぐわない男に当然たる疑問を投げかければ、立てた指がそのまま、窓辺の寝台を指し示した。

「……あ、しろ?」
「そ」
「どしたの、ぶっ倒れた?」
「いいや、落ちた」
「お……?」
「椅子から、眠すぎて」
「うわっは、アホだー」
「まったくなあ」

相談組用に据えてあるいくつかの椅子のひとつを、男のななめ後ろにあつらえる。
背もたれに両腕、その上に顎をのせれば、男のゆるみっぱなしの口元がようく見えた。

「何見とんねん」
「べつにい」
「おいおとなを軽んじるな。つうか自分、それ」
「ん?」
「血出てるけど」
「あ、」

言われて思い出した痛み、左手くすり指に浅い切り傷。
ああそうだ。そういえばおれ。

「さっきバンソコとか言うとったな、」
「そうだよお、忘れてた。いたいー」
「忘れるほど心配か」
「うん」
「即答か」

へっへっへとわるいわらい。
なんでこのひと、よりにもよってせんせいなんかやってんのかなあ。
ていうか、よりにもよってせんせいなんかにしろが懐くだなんて。

「どれ見してみ。巻いたる」
「ええーやだよ、自分でやるよー」
「ええやんかそんくらい、つうかおまえもうちょっと人にやさしくされろ」
「なにそれ。みんなやさしいよ?」
「うそこけ、やさしいのはおまえや」
「…………」

にやにやわらいながらゴロゴロ平行移動してきたおとなに、左手をとられて顎を打った。
じとりねめつけても全く頓着なしで、傷にマキロンを思いきり吹きつけられる。

「あいたっ」
「しめた」
「ちがう、しみた!」
「やさしさというのはボランティアではないのだぜ」
「え、え?」
「やさしさで殴られたりすんねんから」
「……殴られたことあんの」
「あるある」

くすり指にゆるく巻かれてゆく絆創膏を眺めて、だまる。
だっておとななんだもの。
だっておれはこどもなんだもの。
なんかおれ、今、なんとなく、しろのきもちかも。

「ちょ、なにそこちょっと何、浮気?」
「あ、起きた」
「おはようさん」
「うん、いや何してんの何してんの」
「何って傷の手当てやんか」
「傷。え、なにおまえ傷、したの、見せなさい!」
「しろくんおちついて」

今にもきゃあと言いそうな反応をみせてベッドからひらりおりた白尾は、せんせいの背中のむこうからおれの手元をまじまじと見つめた。

「どうしたのこれ」
「うん、ネガで切っちゃった」
「何しとんねん授業中に」
「だって自習だったんだもん」
「だってっておまえ、」
「つうか何、なんで巻いてもらってんの。小学生か」
「だってせんせいが巻いてやるってきかなかったんだもん!」
「…………、」
「その目は何。いや、違うそういった不純なあれでは全くなくて」
「あ、しろくんおひる」
「ん、行こう」
「おいこらおまえたち」

時計も見ずに放ったおれのパスを、時計も見ずにしろがキャッチする。
隙のない連携を見せて退去、ずるいおとなを置き去りに、こどもらしい逃げ足で。
渡り廊下をぬける途中、本物の保健室のせんせいにおいこら走るなと怒られた。

「ひだりてのくすりゆび、」
「ん?」
「指輪でもされてんのかと思っちゃったよー」
「いやいやいやありえないから」
「うん俺もそう思う」
「でもさあ、なんでしろが先生のこと気になっちゃうのかちょっとわかった感じがした」
「あ、ほんとに。それちょっと嬉しいよ。いや、結構」

あと、なんで先生がおまえのこと気になっちゃうのかもちょっとわかったよ。
レレレでつむがれる鼻歌を聴きながら、強くないけど弱くない背中をながめた。