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ワールドイズマインのころ

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見えなくとも、温が今しきりにまばたきをしているのがわかる。温の瞳はいつだって乾いている。
けれど、ぼくの右手を掴んだままの温の右手はじんわりと汗ばんでいた。

「そんなこと、」
「ないって言うんだろうけど、でもこのままだったら篤郎は俺から逃げると思うんだよ。だから言っとくけど」

膝立ちでぼくを見おろしていた温が、頭上でずさりと正座をした。気がした。
少し気配が近くなって、ぼくはテーブルの下で逃げ腰になる。

「逃げてもいいよ。何百回でも逃げりゃいいと思うよ。でもそのたびに何千回でも追いかけなきゃいけなくっても、全然いいなと思っちゃうんだよ。本当に俺は」
「……ゆ、」
「ばらばらのまんまでいいと思うんだよ。篤郎自体もそうだし、あの詞もそうだし」

右手をふと解放される。
へなりと落ちたそれを持ち上げて今度こそしっかりと顔を覆ったけれど、左半分しか冷やせなかった。
逆にどんどん熱を上げていく右半分が苦しくて手をどけると、思わぬ近さに迫った温と目が合う。

「それを、とりあえず今頭に入れて下さい。今。今すぐに。ほい」

ぱんと両手をうっておもむろにあぐらになり、腕を組んで見おろしてくるので、ぼくはぽかんと温を見あげる。
いつもの仔犬めいたまるい顔に、日付を超えて目立ちはじめたひげを発見した。

「入れた?」
「え、あ、はい」
「じゃあどうする」
「……きょうはかえりません」
「よくできました。次は?」
「就職……は、します」
「なんでだよ。篤郎のアホ」
「なんでだよ。わかったじゃあ、温が必殺の曲を書いてくれるなら考える」
「いいよ。養ってあげよう」

真顔で見当違いなことを言った温が、ぼくの湿ったまつげを親指でごしごしこすった。
そのまま耳をたどって、両サイドの髪を犬がごとくにもしゃもしゃやりはじめる。
慣れない泣き上戸をしてぼくはごちゃごちゃしているし、がんがんしていて、もはや言葉も出ない。

「う……うえ」
「別れ話するよ」
「うそだ」
「うそだよ。好きだよ」
「俺、もうわけがわからないよ」
「うん。わかるよ」
「温。酔ってんだろ」
「酔ってない」
「じゃあ明日起きたら聞くかんな」
「何を、」

お前がぼくを好きかどうか。
答えずにまぶたを閉じて、眉間にくっついたくちびるの熱に、ぼくは泣きたいような気持ちでもって笑った。