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小さな鍵と記憶の言葉

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 *

 アリスが穴を抜けて外の世界へと出て行った後。彼達を見送った騎士が足早に廊下の絨毯を踏みしめていた。
 眼光は鋭い――いや、鈍く光を帯びている。何かを見落としてしまわぬように、必死に視線を巡らせる仕草に似ていた。大理石の階段を上り、その先の緋毛氈を無視して更に東へと入る。
 誰かを探しているらしいことは左右を巡らす視線が物語っている。ただしその表情は変化なく、真正面から瞳を覗き込まない限り、セレスタインの追うものが何か推測することは出来そうに無かった。やがて右手から、周囲を気にかけながら歩いてくる人影が別に現れた。たった一歩立ち止まったその変化に、人物こそが騎士の探していた相手なのだと証明される。
 そう、セレスは待っていたのだ。『誰か』が通りかかる瞬間を。

「暢気なものだな」

 誰の声か分かっているはずなのに、相手はセレスの言葉に肩を強張らせる。そんなことは、と小さく口答えがある。それは彼の祈る彼自身の正体だ。影ながらアリスたる存在を支えるもの。求めるものは感謝ではなく、失ったものは幸いにして少なかった。
 けれど、騎士ばかりはそうではない。騎士は既に、残ったものを数えるほうが、早い。

「まさか、あの娘に絆されてしまったとは言わないだろう?」
「……そんなはずは」
 抗議とは別に、また一瞬込められる怯えにも似た眼差し。お互いは同志のはずだった。同じものを見失った同士。だから一方もまた、すれ違いながら、戸惑いながらも深く決意を返した。
 満足したように騎士は嘲りにも似た表情を繕う。おそらく本人も気付かない感情の、自身の歪み。

「時間がない。常春が終わる前に決着をつけよう」
「――ええ」
 晴れ晴れとした空に似た絶望。
 彼らが絶望と信じるものは、唯一の希望と定めるものは一体この世界の何処に待つのか。それを見失わないよう、騎士は努めて空を仰いだ。

「もう後戻りは出来ない。アリスを迎えるには、アリスの席を用意せねば」

 足取り軽く、颯爽と去り行くその背中。揺るがぬ決意を背負った背中は、ぴりぴりとした空気さえ纏っている。
 残された一人は、振り向くことも歩き出すこともできず、廊下の片隅で束の間の沈黙を抱えた。

 カチコチと、時間の刻まれる音が響いていた。

 *