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小さな鍵と記憶の言葉

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「それでは失礼します」
「お邪魔しましたっ」
 フィンが引くドアをくぐり、女王の優雅な笑みに見送られて、フィンを引っ張るように部屋を出ようとする。
 まったく、いつもの調子で反発したことを言ってしまったけれど、なんて大人げないんだろう。私ってこんなに幼かっただろうか。自分ではもう少し分別があると思っていたのに。
「リラならいつでも歓迎よ……あら」
 と、ドアのすぐ外に人がひとり。余所見で正面からぶつかりそうだったのをギリギリのところでフィンに庇われる。庇うと言っても適当に襟首を捕まれただけだけど。
 誰だろう、慌てて見上げた先で視線が交差する。
「今日は早いのね、セレス」
 ソフィーナの声を聞いて我に帰った。けれど、黙って私を見るその瞳は続いている。耳が隠れる長さの濃灰色の髪、その間から向けられた無表情。ううん、どこか私を問い詰めているような。
「教練の時間が変更になった」
「それで、先にこっちに来たってわけね。よかったら、お茶でもどう?」
「間に合っている。それより、セレスと呼ぶのはよしてくれ」
 ソフィーナと言葉を交わしながらも、その目は始終私を見ていた。
 無遠慮に、それでいて、あまり興味がなさそうに。
 ううん、違う。興味がないというよりは……
「あら。だって、あなたの名前って長いんだもの。それに可愛くないわ」
 女王の言葉の後に、その瞳が、すうっと細くなるのを見た。

「お前が、リラか」
 人形みたいに繊細な口元から発せられたのは静かな声。切れ長の目と腰に携えた刀と合間って、なんとなくヴァイオリンを連想した。綺麗な人だ。
「貴方は……《騎士(ジャック)》?」
 廊下をあるくカードとは違い、上着に縫いとめられた金色の徽章は3つ。それは最高位の《騎士》の証で、この城の警備を統括する存在だ。
 話には聞いていたけれど会うのは初めて。以前のアリスのお茶会には何故か欠席していたし、活動範囲の決まりつつある私とは比べられない広大な城の中を行き来しているから擦れ違うことすらなかった。
 けれど、理由がそれだけでないことを私はこの時初めて知る。
「私のことはどうでもいい」
 彼が吐き捨てた短い言葉。
 再び向けられた瞳の中には真意が潜んでいた。
 薔薇のように血のように燃える瞳は、鋭く冷たい。
「こんな小娘に、アリスなど務まるものか」

 怒りよりも先に動揺が広がる。
 何を言われたのか、それから私に向けられた言葉とだいうことが、その一瞬では分からなかった。数拍遅れて理解出来た意味。それは、この城に来て初めて出会う、絶対的な拒絶。
 あまりにも突き放した声。興味なんて最初から無いと証明するような、苛みの滲んだ言葉。
 私が新しいアリスだからなのか、それとも、私がアリスだからなのか。

「《ジャック》」

 と、呆然と立ち尽くしたままの私の視界にフィンの背中が映った。
 たちまち騎士の姿が見えなくなる。分かるのは、いつもより落ち着いた白兎の声。

「君が不機嫌なのは分かった。けれど、《アリス》の前だ」

 白兎の表情は見えない。じっと睨んでいた視線から隠されて、短い呼気が聞こえた。きっと騎士の溜め息だ。
 一瞬の間の後、セレスは私の横をすり抜けて女王の間の奥へと入っていく。なんとなく目を遣ることは出来なかった。
 ぱたり。ゆっくり閉ざされた扉の音で初めて振り返る。勿論そこにあるのは大きな扉で、彼の後姿は見えない。言葉を見つけられないままでいるのを、フィンに腕を引かれて廊下を進む。

 やっと自分の足で歩き出した中、私は、先刻の瞳を思い出していた。