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再会 ~サトシとユカリ~

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『再会』

聡は演奏中、目の前に座るゆかりのことを考えていた。会って話をしたい気持ちがあったが、その一方で今さら会って何になるのかという思いもある。昔話に話を咲かせるというのか。会って変に期待を持ってもらっても困る。なぜなら、聡はもうじき結婚することになっている。だが、彼女のおかげで今日の自分がある。何とか感謝の気持ちを伝えたい。複雑な思いを抱きながら演奏を続けた。
演奏会が終わった。聡は黙って消えた。目の前にゆかりがいるのに。昔のように微笑んでくれることを望んでいた。その微笑があれば、これからの人生を生きていけるように思えた。しかし、黙って通り過ぎた。予想しない彼の行動に戸惑い、どうしていいのか分からず、誰もいなくなっても、しばらく、会場で立ったままだった。

――二人はいつ出会ったのは、遠い日だ。もう十五年も昔。そこは港町N市。海の見える岸辺で二人は出会った。
岸辺聡。音楽家の夢を追う旅人だった。そして、仲村ゆかりは看護婦だった。出会ったときは、二人とも若かった。聡が二十八歳。ゆかりは二十四歳。
夏のことだった。その日は朝から強い日差しが差していた。青い空と青い海。ゆかりは海を見るのが好きだった。その日も海を眺めていた。ふと、後からサックスの音が聞こえてきた。振り返ると、聡が海に向かって練習していたのだ。ゆかりの視線を感じた聡は演奏を止め、微笑んだ。それが二人の初めての出会いたった。
恋に理由はない。ただ互いに惹かれるものを感じて結ばれるのだ。二人もそうだった。
やがて、二人は同棲した。海の見えるアパートで。
聡はこれといった定職につかなかった。暇さえあれば作曲し、そして演奏した。聡の夢はプロの音楽家になること。それは同時にゆかりの夢にもなった。
夢を語り、貪りあうように愛し合い、あっという間に五年の歳月が過ぎた。さすが五年も過ぎると、ゆかりは口にこそしなかったが、将来に不安を覚えたようになった。このままでいいのかと。

ゆかりが病院に勤務していると、電話がかかってきた。母親からだった。仕事のときはめったに電話はよこさなかった。何か悪いことでもあったのか。
思わず、「どうしたの?」とつっけんどんに聞いた。
「いや、何でもないだけど……」と口篭もった。
「何にもなかったら、電話を寄越さなくとも」
「迷惑だったかい? また、後で電話をしようか……」
「いいわよ。今で、どうしたの?」
「最近、お前が顔を見せないから、お父さんが寂しそうな顔をしているんだよ」
言われてみれば、そうだった。もう1年近く帰っていない。聡と出会うまでは年に2回は帰省していたが。
「好きな男でもできたのかい?」
「突然、何を言い出すのよ」
「お父さんね。もう先が長くないかもしれない。若いときから、ずっといろんな手術してきただろ。今だって、いろんな薬を飲んでいるけど、そろそろ孫の顔が見たいというんだよ」
「そんなの急に言われたって……」
「お前に好きな人がいないのなら、会ってほしい人がいるんだ。お嫁さんにしたいという人がいるんだよ。隣町だけど。“今度帰ってきたときでも、会ってみてもいいんじゃないか”とお父さんが言うんだよ。お父さんがときどき独り言のように言うんだよ。ゆかりの花嫁姿を見たら、喜んで死ねるって」
「何をバカなことを言っているのよ!」と思わず声を張り上げてしまった。周りが一瞬、静まり返り、視線を一身に浴びているのを感じた。あまりのバツの悪さに思わず頬を赤らめてしまった。
電話が終えた後で、婦長が「どうしたのよ」と聞いた。
「何でもないです」
「何でもないわけないでしょ。あんな大きな声を出して」
「母から電話が来て、急に結婚しろと言われたので……」
「急に? ゆかりさん、あなたは幾つでしたっけ? 確か、もう二十六歳でしょ? 二十六歳になったら、一つや二つ、結婚話があってもおかしくはないわ。あ、そうそう、まだあの売れない音楽家と一緒にいるの?」
いつだったか、一緒にいるところを見られてしまい、その後、刑事みたいに根掘り葉掘り聞かれたのだ。
「彼は確か音楽家の卵たったわね? 口は上手そうだけど、音楽は上手なのかしら? 結婚する気はあるの?」
結婚とか、所帯を持つ。そんな話は一度も彼としたことがない。彼は音楽の夢を語るだけ。その夢はいつしか自分の夢にもなっていた。それが、突然、母親から結婚話を持ち出されて、急に別世界に引き込まれたような気がした。
聡は全くといっていいほど、音楽だけのために生きていた。その一本気にゆかりは恋したのだが、世事には無関心だし、働くこともしなかった。いつも彼は作曲しサックスを海辺で吹いていた。聡が放浪の旅に出たのは、二十四歳のとき、一年間、あちこち気ままに旅をしたという。ゆかりと出会ったときは、彼はほとんど所持金がなかった。小遣い銭から衣服、そして食事の何から何まで面倒をみた。
「俺は何だかゆかりのヒモだよな」と聡が自嘲気味に言った。

三日が経った。ゆかりが病院から帰ってくると、聡が妙なことを聞いた。
「ゆかり、何か隠していることはないか」
「どうして」
「何となく、そんな気がするから」
ゆかりは聡が音楽家として一流になれるかどうかは分からなかった。しかし、何か、鋭いか感性のようなものがあることを知り合ったときから気づいていた。
後から聡が抱きついてきた。
「俺は裏切ってもいい。でも、嘘はつくのは止めてくれ」
「嘘はつかないから。何も隠していないよ」と言った。
それが初めてついた嘘だった。その嘘の苦さをゆかりはかみ締めた。

数ヵ月経ったことである。母親から電話がかかってきた。父が入院というのだ。
「本人はたいしたことはないと思うんだけど、何だか具合が悪いというんでね。とりあえず病院に入ったら、直ぐに入院しろというんだよ。本人はそんな気がないみたいなことを言っていたけどね。先生が言うから入院させたよ」
母親からの電話があった翌日、帰ることにした。父のことが心配だったからだ。
聡には、「二、三日したら戻る」とだけ言った。
「夜勤か?」
夜勤で一日泊まることも珍しいことはではなかった。
「そうね」と曖昧に答えた。
真っ先に病院にいる父を訪ねた。
「ゆかりか!」と嬉しそうに言った。
ベッドに横たわる父が痩せているのに驚いた。傍らには母がいる。
「どうってことはないと思うんだが、医者が入院しろというから入院することにしたよ。また胃潰瘍か何かだと思うけどね」
ゆかりの脳裏にガンという文字が掠めた。ゆかりの父は昔から胃腸が弱くて、何度か病院に入った。手術もしたことがあるが、そんなに痩せていなかった。
「もうじき、夏だな」
窓から青い海が見えた。
父の手に引かれて遊んだ夏の日のことを思い出したら、いつしか泣いていた。
「何でもないの。ちょっとね」と涙をそっと拭った。
母親と一緒に担当医を訪ねた。
担当医はゆかりが思っていたとおりがんであることを告げた。それもかなり進行していて、治るかどうか分からないが、直ぐに手術した方がいいと言った。
「どうしょう」と不安そうに母親が聞いた。
「どうしょうって? 手術するしかないでしょ? 大丈夫よ。治すために」