りんみや あんにゅい4
あまり締め付けるのも、ダメだろうと、小椋が、屋上の喫煙(一日五本配給制)だけは許可した。だから、日がな一日、屋上と病室を行ったり来たりしている。子供を拾ってから、こんなに退屈なのは、初めてだと、りんは、本気で困っているが、誰も、それについては、無視を決め込んだ。本当は、きちんとした検査とか治療をしなければならないぐらいに、身体は壊れていたからだ。しかし、天下御免ご意見無用な無頓着は、それに気付かないらしいから、強制的に、治療をすることにした。
三週間経過して、いつものように、ごろりと、来客用ソファに、寝転んで、雑誌を読んでいた。居眠りして、気付いたら、頭の下が暖かいし柔らかい。
「え? 」
「存外に早かったわね、りんさん。」
「あれ? 」
「あなたが、まだ入院しているなんていうから、渡米は諦めて帰ってきたわ。弱ったりんさんのほうが貴重だったから。」
仕事で渡欧していたはずの妻の膝に頭を乗せていた。
「瑠璃さんさ、悪いけど、今度から、ウラさんを連れて行ってくれないか? 俺、こんなとこに缶詰めにして苛められるのは、正直、イヤなんだ。」
「そうね、ぐちぐちと加藤に嫌味を言われるほうが、マシでしょうね。」
りんは、少し痩せていて、顔色も、少し青かった。病状は、浦上から報告を受けていたが、実際、こんなに弱っているとは思わなかったので、瑠璃も驚いた。
「りんさん、それなら、私と、旅行でもしない? 」
「はあ? また、拉致されるのか? 勘弁してくれよ。一ヶ月も仕事を放置してるんだぞ。」
いつもなら、ぐたぐだと愚痴る前に、逃亡するくせに、瑠璃の膝から、すら逃げない。たぶん、当人が思っている以上に、身体のダメージが酷いのだろう。
「とうちゃんは、すっかり気抜けしているらしいですから、大人しくて楽ですよ。」
性格が歪んだ自分の秘書が、そう言っていたが、確かに、気が抜けている。こんなこと、子供が居たら、絶対にしないだろう。硬い髪質の髪を撫でていると、ぼんやりと、りんの瞳の焦点が、ぼやけてくるのだ。この五年、何も言わず、黙々と子供の世話をしていたから、無理していたのだろう。わかっていたつもりだが、実際、目の前にして、少し心配になった。りんが、大人しく昼寝をしているという段階で、すでに異常だからだ。
「じゃあ、私が看病してあげる。」
「・・・いいよ・・・」
そして、この姿を曝け出せるほど、気分的に安堵しているだ。それは、妻も同じだ。
「終わってみれば、あっという間だったわね。」
「・・・ああ・・・」
「りんさん、これから、少しぐらいは、私のことも世話してね。」
「・・・え?・・・」
「その代わり、私も、りんさんのことを、少しぐらい世話するから。」
「・・はは・・・なに、言ってんだか・・・」
ずっと、子供のことを優先していた。だから、少しぐらい、夫婦のことを優先する時間を作りたい、と、瑠璃は思う。たとえば、こうして、ふたりで、たわいもないことを吐き出すような時間だ。
後何分とか、明日の予定が、とか、考えないで、好きなだけ、ぼんやりしている時間が、今までは持てなかった。
「みやくんが戻る前に、どうにかしないとね。」
「そんなかかんないさ。・・・・もう、元気だよ。」
「そう? 」
「そう。あんたと、これから三ヶ月ぐらい逃亡してもいいくらいに元気だよ。」
「それ、俗に言う『駆け落ち』っていうやつ? 」
「したいか? こんな貧乏人と。」
「うふふふふ・・・この貧乏人以外とは、やりたくないって返事するわ。」
「・・とことん、物好きな女だな? あんたは・・・」
「お褒めいただけて、嬉しいわ。」
「・・・褒めて・・ない・・・」
「たまには、褒めてくれないかしら? 」
「・・・無理・・・」
ふたりして、笑って、のんびりと窓の景色に目を遣る。少しずつ景色が移り変わる。暖かい季節が、そろそろ始まっている。
作品名:りんみや あんにゅい4 作家名:篠義