mizutoki catastrophe
/asagiaia
「ねえ、お兄ちゃん」
バスを待つイズミの横でぼくは、時計を気にしてる。季節はずれの夕立が降っている。
「どうした?」
そんなどこかできいたフレーズを浮かべ、バス停の屋根の下にふたり立っていた。
「……アイア……ん、なんでもない」
イズミは雨粒の奏でるリズムにたゆたっている。時刻表の載っている柱をはさみいつもより少しだけふたりの距離をひらいていた。
「ふひっ」
イズミは変な笑い方をして。
「どうした」
「なんでもない」
それから素知らぬふり。
「ねえ、バスっていつ来るかな」
イズミは問いかける。
「待っていれば来るさ」
「天国の船は?」
「一度しか出会えない相手は迎えに行かなくてもいいのさ」
「恋の機会を逃す人間の発言だと思う……」
よくご存知で。
「恋人はさ、迎えに行くもんじゃなくて、たぶん探すものだから」
「詩人だね」
ばかにされたような気しかしない。
「お前にとっての恋人こそどういうものさ」
おとなげない発言ではあるけれど。
「妹に恋心は実装されません」
ちょっと前に恋していたメイプルシロップどこに行った。
「ねえ、お兄ちゃん。背中合わせて」
イズミは急に話を変えた。
「この柱、何か身長が測れるみたい」
彼女の言葉にバス停の支柱を見てみれば、メジャーが取りつけてあり、数字のところには誰か知らない人物の名前と数年前の日付が書かれていた。
「へえ。面白いな」
イズミと背中を合わせる。
「ん……」
「これじゃ、測る人物いないんじゃないか」
支柱を挟み背中合わせに立っているので、どちらもメジャーの数値を確認できない。
「じゃあ、お兄ちゃんのはわたしが測る」
「任せた」
「155cm」「お前いま適当言ったな」
リテイク要求。測る時間もあまりに短い。
「172cm」
「よろしい」
前回測ったときから1cmも伸びてないのは残念だけど。
「じゃあ、次はお前の番だな」
「170cm」「なぜお前が答える」
「心の身長がありますので」
「参考記録にもなりませんがよろしいか」
「むー」
イズミは支柱をつかんでふくれてみせる。
「ところで、何で心の身長だと俺が2〜3cm上なんだ」
妹の身長は確か152cmくらいだったはず。
「兄さんセンチ」
「座布団を持って行かれるネタだとおもう」
話にちょうど、オチのついたところでバスがやってきた。
「アサギアイア」
さっきと同じ言葉をイズミがつぶやく。
「なにそれ」
「ないしょ」
イズミは雨あがりのバス越しに見える空に向け、もう一度だけ幸せそうに笑った。
作品名:mizutoki catastrophe 作家名:白日朝日