りんみや あんにゅい1
「はあ? あんたも、真面目に仕事してないで、休めばどうなんだよ。瑠璃さんがいない
んだからさ。」
「休むさ。明後日から一週間ほどな。」
「・・・一週間? 一ヶ月くらい休めよ。有給溜まってるだろ? だいたい、あんた、俺
より勤勉だぞ。」
「いや、りんさんには負ける。俺は、適度に休んでた。」
「・・・俺は子供の世話をしていただけだよ。あんたは、仕事だ。俺とは違う。」
「まあ、そうだけど。」
「ほんと、ご苦労様。うちのガキのことで、ウラさんには、迷惑かけまくりだった。慰労
してやろうか? 」
「してくれよ。たまには、外へ飲みに出るっていうのもいいな。あんた。絶対に酒に弱く
なってるぞ。」
「うん、弱くなってるだろうな。」
えふえふと咳き込んで、とうちゃんは笑っている。たぶん、気が抜けているのだろう。
少し仕事は休んで、ゆっくりしてくれ、と、忠告したら、「ごめん、予約入ってるから。
」 と、すげなく返されてしまった。
「りんさん、一息入れないか? 」
「その嫌がらせは、いい加減にしろよ、ウラさん。俺はブラックしか飲まない。」
「ああ、だから、ブラック。」
「へ? 」
「明日から、俺は休暇なので、親切さに磨きがかかってるんだ。とりあえず、それ、一旦
、保存しておけば、どうだい? 」
「ああ、そうだな。」
何が楽というと、このとうちゃん、自分には無頓着なので、どんな飲み物でも飲む。た
とえ、それに何かが含有されていても、多少のことは無意識に無視するらしい。最近、身
体の具合が悪そうだったので、嫌がらせついでに、カフェオレばっかり用意していたのだ
が、本来はブラックだ。ということで、好みの珈琲を用意した。もちろん、催眠導入剤入
りのものである。
「どっかへ旅行でも? 」
「いいや、とりあえず、のんびりするつもり。あんたこそ、締め切りはどうなんだ? 」
「ああ、とりあえず、これを終わらせたら、後は、十日後だから、気分的には楽かな。」
じゃあ、がんばってくれ、と、部屋を出て三十分後に、再び、顔を出したら仕事場のソ
ファに転がっていた。よいしょと、担いで佐伯家へと赴く頃には、小椋も到着していた。
「相変わらず乱暴だなあ。」
「こうでもしないと、診察させられないんだから、仕方がない。たぶん、風邪だとは思う
んだ。」
小椋のほうも、いつものことなので、気にする様子はない。一服盛らないと、診察させ
てくれないのは事実だからだ。
「すいません、佐伯さん。二、三日、頼みます。」
過労と風邪と弱冠、肺炎気味という診断で、まあ、そんなとこだろうと、誰もが納得し
た。
「こっちは、任せて、あんたもゆっくりしてきたらいいよ、浦上さん。あんたは、この人
のお守りが大変なんだからさ。」
苦笑して、佐伯も頷いている。基本的に、浦上の仕事は、瑠璃の秘書ということになっ
ているが、ここ五年は、それに付け加えて、この無頓着極まったりんの健康管理も含まれ
ていた。というか、浦上が自主的に、やっていたが正しい。言うことは聞かないわ、仕事
は入れられるだけ詰め込むわ、それで、子供の世話までしているわ、とにかく、そんな調
子の人間なので、強引に休ませるしか方法がなかった。酒盛りで寝かせる、薬を盛るなん
ていうのは、日常茶飯事だったのである。
そこまでしなくてはならないか? と、りん当人は怒っていたが、そこまでするしかな
かった。妻の諫めも、佐伯達の忠告も、どこ吹く風で聞き流してしまうのだから、始末に
負えない。
「とりあえず、点滴しておくけど、どうする? 」
「二、三日は、ここで寝かせておいて、後は、また、薬を、そちらで調達させてもらうよ
。なあ、小椋、無頓着が治る薬っていうのは、開発されないものか? 」
主治医の小椋は、冗談で、そんなことをいう浦上に大笑いだ。
「あったら、是非、林太郎さんに飲ませてあげたいけど、無理だねぇ。この人は、自分の
ことなんて、どうでもいいって、本気で思っているから。」
五年前、林太郎が倒れた時に、小椋も、この究極の無頓着には降参した。どんなに数値
を使って説明しても、当人は具合が悪いことを自覚しなかったのだ。
「もう治りましたよ、大袈裟な。」 と、青白い顔をして、けろっと言うのだ。温厚で通
っている自分が怒鳴ったのは、林太郎ぐらいのものだ。
「本当は、ちゃんと検査したほうがいいんだけど? 」
「来月初めくらいに連れて行くつもりだった。」
「まあ、いいだろう。たぶん、いろいろと出るだろうから、仕事の区切りをつけておいて
くれないか? 浦上。
五年も自由にさせてしまったから、メンテナンスにも時間がかかるだろう。」
「わかっている。これから、このとうちゃんのスケジュール確認して、区切りがつくよう
に手配する。」
「手配ね? 破壊じゃないの? 」
「破壊はしないさ。りんさんのする仕事を、余所へ発注するぐらいだ。」
はあ、と、ふたりして溜息をつく。厄介な相手だが、ほっておけないのだから、しょう
がない。まさか、瑠璃の結婚相手が、こんな無頓着だとは思わなかった。
「芙由子さん、鎮静剤を置いていきますから、毎朝、飲ませておいてください。それなら
、逃げられないでしょう。」
小椋の言葉に、佐伯も芙由子も大笑いだ。五年間、みな、子供の治療にかかりっきりだ
った。特に、林太郎がそうだったから、みな、心配しているのは一緒だ。
「承知いたしました。浦上さん、ゆっくりしてきてくださいね。パパさんの面倒は、私た
ちで引き受けますから。」
「すいません、私用で、どうしても、二、三日は留守をしなくてはなりません。その間は
、お願いします。」
子供の世話がなくなったので、佐伯夫婦も暇にしているので、快く引き受けてくれた。
作品名:りんみや あんにゅい1 作家名:篠義