小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

金田正太郎の懐疑

INDEX|3ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 


 ちなみにその十海寺が倒した、当時三年だった高花田史規ってのは、腕っ節だけじゃなく、南高にいるのがおかしいくらい頭もよくて、三国志の諸葛亮も敵わないなんて噂――さすがに無理だろとオレは思うわけだが――が出回るくらいの男だった。高花田自身も諸葛亮が憧れだなんて言うもんだから、噂に尾ひれが付きまくって高花田は諸葛亮の生まれ変わりだなんだなんて話まであったぐらいだ。生まれ変わり説も有り得ないとして、まあとりあえず高花田は強かったってことだ。間違いなく南高最強の男だった。んだが。
『十海寺くん? ああうん、負けたけど』
 そんな感じであっさり認めた高花田に、取り巻き連中は阿鼻叫喚だったそうだ。ついこの間、オレんちの隣に住んでる本人に教えてもらった。
 でだ。その南高最強の男・高花田を破った十海寺は、今でこそ気さくな奴――キレさすと手に負えねえのはあんま変わっちゃいねえが、まあ人当たりがよくなったと思う――だが、一年の頃は恐ろしいほどに荒れていた。それこそ奴が通った後には屍しか残らないとまで言われた十海寺の荒れっぷりを、皆忘れてやがる!
「……個人的には忘れてくれてええんやけど」
「黙れ鉄パイプの鬼、オレは騙されねえ。南高の良心として認めねえ」
「はっ、良心とか」
 太陽が燦々と降り注ぐ屋上で、明らかに馬鹿にしたように笑った十海寺のそういうところに荒れていた頃の片鱗がまだ残ってるとオレは思う。すげーイラつくけど。すっげームカつくけど!!
「お前に比べりゃ充分良心だろーが。南高の通り魔」
「え、何、またんな変な通り名ついとんの」
「テメェが誰彼構わず喧嘩売っからだろ!」
「売られたもんしか買うてへんわ!!」
「ぜってー自分から売ってんだろ! さっきオレにも売ってたしな!」
「あの程度で売られた思うとか自意識過剰なんちゃうー!?」
「あんだとゴラァ!」
 売り言葉に買い言葉で、十海寺に掴み掛かろうと身構えた瞬間、突然ぽんと肩を叩かれた。
「あ!?」
 振り向くと長く伸びた前髪の隙間から覗く茶色の瞳と目が合った。
「つ、蔦谷っ?」
「良介?」
 オレと向かい合う形になっていた十海寺も蔦谷に気付いたらしく声を上げた。
 唇を引き結んで、どうにもぼんやりした印象の顔を引き締めた蔦谷は、ゆっくり首を振っていつも持ち歩いてる大判のスケッチブックを見せた。
『喧嘩、ダメ絶対』
 流れるような美しい字体ででかでかと書かれたそれを見て、著しくやる気がそがれた。なんだそのポスターの標語みてえな口調は、と思ったが口には出さない。
「あー、そうかよ……」
「良介が言うならしゃーないなぁ」
 十海寺は、なんでだか蔦谷に甘い。それは蔦谷が喋れないからだとオレは思ってたんだが、どうやら中学時代からの付き合いで仲がいいというのが本当のところらしい。一説によると親戚だという話だが、本人たちの口からは聞いたことがない。
「つか良介、今日図書委員の当番やったんちゃうの?」
 オレたちが喧嘩を止めたことに表情を緩めてほっと息を吐いた蔦谷は、十海寺の質問にスケッチブックのページを新たに捲った。
『今日は司書さんが休みだから図書室開いてないんだ』
 真っ白なページにさらさらとまた綺麗にそう書いて見せる。蔦谷の字は、字の美醜なんてこだわらないオレも、思わず溜息を吐きそうになるほど美しい。
 なんでも蔦谷の父ちゃんは書道家だとかで、だから字が上手いらしい。
「へー」
『そういえば金田くん、城田さんが探してたよ』
「マミが?」
 言われて、サイレントにしっ放しの携帯を開くと着信とメールが大量に入っていた。これは怒られるかもしれない。
「ヤベ……」
「ほんまいつまでもラブラブやなーお前ら」
「殺すぞ」
「褒めてるやろ」
 十海寺の言葉が全部からかいの言葉に聞こえる程度にオレは十海寺が嫌いだが、マミは十海寺とダチだ。オレと喧嘩したときも真っ先に十海寺に相談していたぐらいだから、かなり仲がいいんだろう。……オレとしてはかなり複雑なんだが。こんなちゃらんぽらん男と仲が良いとか、いつか手ェ出されたらどうすんだ。
「そういやお前、花嶋どうした」
「今日休みやけど」
 マミの名前を出されて、屋上に行くと大体日陰でのんびりと紙パックのジュースを啜っている花嶋の姿がないことにやっと気付いた。
 マミは花嶋のこともかわいいかわいいとやたら構いたがるから、接点ゼロのオレも一度くらいは話したことがある。あまり表情を変えない、ガラスか氷のような、奇矯な女だった。
 たまに思い出したようにする微笑みは、大概が十海寺に向けられたものなのに、どちらも友情以上の感情を抱いていないらしいからこいつらもよくわからない。まあマミからの又聞きだし、詳しいことは知らないが。
「空ちゃんは委員会やしー」
 ――空ちゃんってのはオレたち二年三組のクラス委員・真木空人のことなんだが、こいつもまた曲者で、オレは中学から一緒だったが未だによくわかんねえ奴というのが本音だった。絵に描いたような優等生然とした野郎なのに、十海寺とあんなに親しげにしてんのもよくわからない要因の一つだろう。
 今日はそんな、いつも十海寺とツルんでる変人二人がいない。どうりで静かだったわけだ。
「なんだ、南高の覇者がぼっちかよ」
「そんな日もあるがな」
「さみしー奴、交友範囲広めろよ」
「お前よかはダチ多いわ」
「あんだとコラァ!」
「やんのかワレェ!」
『二人ともやめようよ!』
 またしても蔦谷に止められて、勢いで掴んだ十海寺の胸倉を放す。だからこいつは嫌なんだ、オレの神経逆撫でばっかしやがって!
「もういいマミんとこ行く」
「おーはよ行け」
『俺も次あるから行くね。春は?』
「次あと二回は休めるから休む」
『そう、じゃあ後で』
 にこにこと蔦谷に手を振る十海寺は、確かに人が良さそうに見えないこともなかった。堂々とサボり宣言する辺り、結局のところは不良以外の何者でもないんだが。

作品名:金田正太郎の懐疑 作家名:森園