小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

風とキズと僕と椎名君

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
ひばり公園の奥から二つ目のベンチ。
そこが椎名君の定位置だ。


椎名君はやっぱりそこにいて、いつもの通りジーンズのポケットに手を突っ込んだまま、ぼんやりと足元を見ている、っていうか睨んでいる。
俺はするすると端っこを進み、ベンチの裏側に回って椎名君に近づく。

「だ〜れだ?」

俺が近寄ってるって椎名君はとっくに気がついているんだろうけど、俺はそれに気づかないふりをして毎回椎名君に目隠しをする。
「…ったく、清瀬だろ」
椎名君も毎回鬱陶しそうに俺の手を外すけど、振り向いた椎名君の瞳がいつもとおんなじに嬉しそうなというかホッとしたように(もちろんそれは一瞬だけど)細くなるのを俺は知っているのでこの登場の仕方をやめるつもりはない。
「テストどうだったんだよ?」
「わ〜聞かないで〜」
椎名君の隣に座ろうと前にまわると、真ん中にどしんと座っていた椎名君がすっと俺一個分右に避けてくれる。椎名君が自分のテリトリーに入るのを許してくれてるみたいで、俺はそれが嬉しい。
「お前は相変わらずだなぁ。もう俺も教えてやれねぇんだから、ちゃんと自分でしろよ」
椎名君の手が俺の頭をくしゃくしゃにして、それからポケットからタバコを取り出した。一本抜いて、とんとん。百円ライターで火をつけて、ゆっくりと吸い込む。随分手慣れてるのは中学校の頃から吸っているからだ。



椎名君と俺は幼なじみというか、小学校5年生の時のクラス替えからずっと一緒だった。高校も、馬鹿な俺に椎名君が一生懸命勉強教えてくれてなんとか一緒の学校に受かった。でも、椎名君は夏が来る前に中退したから、もう一緒じゃない。

いわゆる町工場だった椎名君んちから、なにも音がしなくなったのは俺たちが中学に入ってすぐくらいの時。椎名君がタバコを吸い出したのもその頃だったと思う。フワタリとかカリイレ金とか、椎名君がタバコの煙と一緒にいろいろ吐き出していたけど、いかんせん俺はあまりにも馬鹿なのでよくわかっていない。覚えているのは、中2の時に椎名君のお母さんが突然いなくなったってことだけだ。蒸発というんだと、椎名君から教えてもらった。椎名君のお父さんは荒れに荒れて、お母さんにも椎名君にも暴力を振るうようになったから仕方がなかったんだと思う。椎名君は殴られるのが二人分になっただけだって言ったきり、お母さんの話をしなくなった。

 椎名君んちだった工場のあった場所には今はもう何もなくて、だだっ広い駐車場になっている。工場が完全に人の手に渡った時、椎名君は学校もやめてしまった。



 椎名君の左目の横には割と目立つキズがあって、それはお父さんから電話機で殴られた跡らしい。ぱっくり割れて血が噴き出して、病院に連れて行ってくれたお父さんはそれきり椎名君を殴らなくなった。
 長めの前髪はもしかしたらお父さんにそのキズを見せないためなのかもしれない。髪切りに行く金がないって椎名君は言うだろうけど。



「お前、金持ってる?」
 そよそよと拭く風で見えたり見えなかったりする椎名君のキズを見ていたら、突然椎名君が俺の方を向いた。
「……5千円くらいなら渡せるよ?」
 やっぱり髪を切らない理由はお金がないせいだからだったのかと、俺は直前の続きのままぼんやりと思った。だから、慌ててカバンから財布を出そうとすると椎名君にデコピンされた。
「バッカ、ちげぇって。カツアゲされて盗られてねぇかって聞いてんの」
「大丈夫だよ? だから今ちゃんと5千円持ってる」
「……ならいんだけどよ」
 椎名君はそう言って、また足元を睨んだ。前髪に隠れたキズがちらっとこっちを向いて俺と目が合う。

中学生の頃から、俺には度々お金を借りにくる長崎君って友だちがいて、まぁ、返してもらったことはないんだけど、ある日、たまたまそれを見た椎名君は長崎君をボッコボコにした。止めようとしてもまったく止められず、その後、俺もボッコボコにされた。白目向いてる長崎君と止まらない鼻血を一生懸命拭いてる俺を交互に睨みつけて、椎名君はポケットからタバコを取り出して、とんとん。百円ライターで火をつけて、バカばっかりだって、煙と一緒に吐き出した。

 それ以降、長崎君からお金を借りられることはなかったけど、高校に入ったら今度は先輩にお金を貸してほしいって頼まれた。その時は椎名君と一緒だった。俺たちは2人ともチビで、その先輩たちは茶髪だったり金髪だったり、体もおっきいし、とにかく怖かったんだけど、椎名君はやっぱり先輩たちもフルボッコにした。アバラを折られたのが1人、顎を骨折した人が1人。頬骨が陥没した人は眼球が支えられなくて失明寸前だったらしい。

 俺は先輩たちが椎名君に仕返しをするんじゃないかって心配でしょうがなかった。でも、椎名君にいわせるとあそこまで徹底的にやってしまえば問題ないんだそうだ。半端なヤツらだから気力ごと潰してやったと、やっぱりタバコの煙と一緒に吐き出した椎名君の顔は苦虫を噛み潰したようで、俺はその時、椎名君は本当はタバコが好きじゃないんじゃないかと思った。

椎名君の言う通り、それから先輩たちが近寄ってくることはなかった。クラスの友だちも近寄ってくることはなかったけど。先輩たちは椎名君が学校からいなくなっても、俺にすら近寄ろうとしない。


 2年生になって俺は急に背が伸びだした。寝てると膝が痛くてなにかの病気じゃないかと相談したら、それは成長痛っていうんだと椎名君に教えてもらった。椎名君は痛くならないのって聞いたら無言でゲンコツをもらった。椎名君はずっとチビのままだ。俺もあの頃のまま、椎名君と一緒のままでいたかった。今の俺は椎名君のつむじがよく見える。
 俺がチビだからっていじめる先輩も同級生ももういない。新しい友だちもできて、ドラマやゲームやアイドルの話なんかしたり、休みの日には一緒にゲーセンとか行ったりもしている。でもみんなが椎名君のことを思い出しもしない。俺はいつもここに椎名君がいたらもっと楽しいのにって思う。

作品名:風とキズと僕と椎名君 作家名:米つぶ