犬のお巡りさんを壮大にしてみた
第四章 選抜 〜Head hunting.
「そこのお前!」
軍の訓練所にて、廊下で誰かを呼び止める女性の声がした。
普段からこんな大きな声で呼び合う自分たちにとっては習慣と化していたので誰が誰を呼んでいるかは大体わからない。
分かりやすく言うと、町のど真ん中で「そこのお前!」などという言葉が発せられれば、大多数の人は声の発生源に意識を集中するわけだ。
そういうわけで、この男ばかりの訓練所で女性が声を発せば、当然・・・・・・
ピタッ
先ほどまであった廊下での雑音。主に会話や歩く時の靴音、そして何かを叩く音等が一斉に静まった。
少しばかりの静寂に割って入るように一人が声を上げる。
「ハイ、なんでしょうか?ボルゾイ少尉!」
ふざけながら点呼する訓練兵。
顔は少しにやけていて、人を小馬鹿にしているようだった。
「お前のことじゃないぞ新米!お前の後ろに居るそいつを呼んでいるんだ!」
ボルゾイ少尉は人差し指を俺に指すように向けた。
「私のことでありますか?」
「そうだ、お前だ。・・・・・名前はシェパードと言ったか?」
質問に対して肯定的な返答をしようと口を開きかけたが、
「まぁ・・・・なんでもいい!ところで、お前!所属は?」
「偵察部隊ですが」
「部隊名はなんだ!?」
「すいません、貴方の部隊所属です・・・?」
するとボルゾイ少尉は指を指すのをやめて、こちらに背を向けた。
(かなり強引だな・・・・・・もうすこし演技とかはできないのだろう・・・・)
気恥ずかしそうに、
「そ、そうか・・・・ならば付いて来い!いいな?」
「・・・・・・」
「返事は!」
深呼吸をした後に、
「・・・・はい」
そして、群衆に見つめられながら廊下をガツガツと突き進んでいく。
ボルゾイ少尉はこの部隊で唯一の女性だった。
年齢は自分より5も年下で、現役高校生でもあった。
なぜ高校生が軍に所属しているかというと、この空軍に所属している父親が空軍に入隊させたと言われている。
彼女自身も元々空軍に憧れていて、入隊希望書には「憧れていました」とだけ書かれているくらいだった。
しかし、年齢が年齢なので普段は下っ端がやるような仕事をさせられている(本人はこれを誇らしげにしているが)。
一見普通の女子高校生だが、お世辞にも彼女の指揮能力は空軍でもトップクラスで、過去に実戦演習で彼女が指揮した『短時間敵地制圧模擬作戦』では計算上10分掛かる作戦を5分以内で遂行させた記録がある。
親の遺伝なのか、彼女の持ち前のスキルなのか未だにわからない。というか分かるための時間すらない。
そんなわけで彼女は一発で指揮官に昇進したという。
これできっと親父さんは娘の努力に満足だろう。
なんせ戦場では現地にて行動する者より、指揮する者の方が重宝されるからだ。
廊下を歩き続けた所為か、先ほどまでの群衆は見えなくなっていた。
自分的には人が多いところの方が好きだったのだが、やはりああいう場面では控えたほうが良かった。
訓練所を抜け、食堂前に着いた。
途中で少尉にホットドッグを奢られたのでそれを頬張る。
すると、少尉が歩きながら口を動かした。
「・・・・・先ほどはすまなかった。あそこまで人が多いとどうにも見分けがつかなくてな」
「それでもあんな風に呼ぶか?このファミレスの店員が」
頭から湯気が出るほど真っ赤になった少尉はこちらに顔を向けて口を大きく開いた。
「一体どこらへんが!どんな風に!?ファミレスの、店員なんなんだ!?この帽子か!?」
「いや・・・・それはもう全体的に・・・・っておいおいおいおいおい!何だその手に握っているものは!?」
ボルゾイ少尉の手にあるのはS&W M36という小型拳銃だった。
そんな物を目の前で振り回す少尉を抑えようと手首を掴む。
他者からは少尉を襲う変態部下にしか見えなかったことだろう。
もし、下手に抵抗されれば銃弾が在らぬ方向へと飛ぶ事になるわけで、的確に順を追って抑えるべきところを抑える。
手首を少しひねり、まわす様にして銃を引き、奪い取る。
これだけで、相手を無力化できるのだ。
そもそもこんなことを上司に対して行使して良いのかどうかすら不安だ。
「すまない・・・・ファ・・ボルゾイ少尉。日ごろの訓練がつい条件反射で・・・・・・」
その後も少尉は一切口を聞いてくれなかった。
よほどファミレスの店員が嫌いなのだろうか?それとも弱みを握られているのだろうか?
さすがにそんなことはないだろうと勝手に納得する自分だった。
歩いて気付いたが、どうやら自分はエリアAに向かっているらしい。
エリアAにはここの司令塔がある区域だった。
普段は上級士官しか通ることの許されない区域で、下層階級の兵士が通れば軍法会議だって当たり前の場所だ。
ボルゾイ少尉がボソッと喋る。
「今から私はお前を・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しばらくの沈黙。
すると、少尉は自分の懐から一枚の書類を取り出した。
そして、その書類を突きつけてきた。
何か、嫌な予感がする。
「今からお前を・・・・いや、お前と空軍特殊作戦軍団(AFSOC)に就こうと思う」
予想が3分の2的中した感じだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁぁ?」
ため息にも似た疑問交じりの拒否をアピールする。
「な、なんだ、嫌なのか?ある意味私と組めるなんて嬉く・・・お、思わない、のか?」
「いや、そんな『何時でも、何処でも』がモットーの部隊なんて自分には合わないと思っただけだ・・・・」
「お前は配達屋全般に恨みでもあるのか?」
そんなわけないだろと言わんばかりの視線で少尉を睨みつけた。
どうやら目的地に着いたのか、少尉は手で到着の合図を出した。
そのまま名もない扉を開ける。
「・・・・入れ」
奥から声が聞こえた。
音の響きからするとかなり広いようだった。
遠慮なく進むと、そこには大佐が大きなデスクの前で、起立していた。
なぜか着ている軍服がボロボロだった事に違和感を覚えたがきっと階段から転げ落ちたんだろうと自己判断。
「さて、今回ボルゾイがシェパード君、きみを呼んだのには理由があるんだが、それはもう話したと思う」
「はっ!」
ゴホンッ
と、咳払いを一つして。
「いや、まぁ、本来ならば直接きみとボルゾイを会議室に呼ぶ予定だったんだが、タイミング的に悪かったものでな」
「いえ!構いません!」
一体どのようにしてタイミングが悪かったのか問いたいところでもあったが、今はそれより空軍特殊作戦軍団(AFSOC)に転属という疑問が優先だった。
「質問があります!」
「なんだ?」
「なぜ私を空軍特殊作戦軍団(AFSOC)に?」
「ボルゾイ君もだぞ?」
「・・・・ボルゾイ少尉もです」
上官の命令に口出しをしても何も出ないし、逆に損をするだけだった。
そういうことにはまず理由がある。
理由なしに行動する奴はまずいない。
ボーリングで例えるなら、ピンの無いボーリング場で一人、何を狙えば良いのかという感じだろうか。
普通だったら理由が帰ってくるはずだった。
だが、
「ならば君はボルゾイ少尉と一緒に『W.C.A』に就いて貰いたい」
『W.C.A』とは一体?
作品名:犬のお巡りさんを壮大にしてみた 作家名:御琴