看護師の不思議な体験談 其の参
「今日は疲れるねー。脳症じゃろ?」
「うん…たぶん…。」
私一人納得できないでいた。
「男の人が本気で暴れ始めたら、うちらだけじゃどうしようもないけんね。今日の当直は誰だったっけ?」
先輩と後輩が当直医師の一覧表を確認に走っていった。
(いや、でも、いやに意識ははっきりしてたし…)
ナースステーションへ戻ると、奥様は変わらずソファーに座っていた。
「○○さん」
奥様に声をかけると、ビクッと体を揺らす。
「看護婦さん、あの人はどうしたんです?おかしゅうなってしもうたんです?」
不安そう。奥様のそばにしゃがみ込み、手を取る。
「びっくりされましたね。手術をされた後によくあることなんですよ。」
(一応説明しておかないと…。)
「はあ…。あの人が、壁の中から女の人が出てきたって言いだして。私もどうしていいやら、分からんくって…。気味が悪いし…。」
ブルッと身震い。
奥様に説明し、部屋へと戻っていただいた。
その後は特に変わったことも起きず、○○さんも順調に経過し、夜勤を終えた。
(やっぱり…、本当に何かおったんかな…)
次の日、○○さんはいつもの温厚な○○さんに戻っておられた。何気なく昨日の状況を尋ねるが、例の女の人の話になった途端、口をギュッと閉じてしまうのだった。一言も話題にせず。「口にしてはいけない」という意志が強く伝わってきた。
こちらも無理強いして聞くこともできず。結局あの時の○○さんの行動は、肝性脳症によるものということになったが…。
本当にそうだったのだろうか。
作品名:看護師の不思議な体験談 其の参 作家名:柊 恵二