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クリスマスプレゼント

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『クリスマスプレゼント』

 多香子は娘のナオが十歳になったとき、突然、家を出た。
夜になっても戻らない母親に心配したナオが、「お母さんはどこへ行ったの?」と祖母である由紀子に聞いた。
すると、由紀子が「よく聞きなさい。いろいろ事情がって、遠いところに行ったの。でも戻ってくるから心配しないで」と答えた。
「遠いところって、どこ?」と聞くと、海の方向を差した。
「どうして私を置いて行ったの?」
 ナオは悲しそうな顔した。
「連れていけないところだけど、また戻ってくる」と由紀子が答えた。
だが、ナオはもう二度と戻って来ないという予感がした。そして胸が締め付けられるような悲しみで涙が止めどうもなく流れてきた。
 由紀子は抱き寄せた。ナオは祖母の優しくて大きな手を感じ、いつしか泣きやんだ。
 ナオは祖母が大好きだった。どちらかといえば、気性の激しい母親の多香子よりも好きだった。それでも母親は母親。母親にしか言えないこともあったし、母親に甘えたいときもあった。

 ナオは私生児だった。多香子が十九歳のとき、妻子のある男性に恋に落ち、その男の子を身ごもり生んだ。男は子供ができると手のひらを返すように冷たくなり多香子を捨てた。その後も多香子は何度も恋に落ちた。いつも恋をしていなければ生きていけない女だった。ナオが十歳のとき、異国の男性と恋に陥り、娘を祖母に預けてまま男と一緒に旅立つことにしたのである。

 由紀子は旅立とうする多香子に向かって、「どうしても、その男を追っかけて行くというのかい? 苦労するよ。それでもいいのかい?」
多香子はうなずいた。
「全く……お前はしょうがない娘だよ」と由紀子が苦笑いをした。
「そんなふうに生まれてしまったもの」
「そうだね。でも誰の血を引いたのかね?」
今度は多香子が苦笑いをして、「ナオを頼むわ」と言って去った。

 海の見える町の海辺の小さな家でナオと由紀子は暮らしていた。暮らしは豊かではなかったが、それでも二人で暮らすだけの余裕があった。
 ナオは母が恋しくなると、一人で海を眺めて泣いた。泣きながらいろんなことを思った。よく思い出すのは、母が消えた日のこと。
「お母さんがどこかに行ったら、どうする? 泣かないよね。ナオは私よりおばあちゃんが好きなんだから」と母親が微笑んだ。
すると、ナオは「どこかに行くの?」と聞いた。
「お母さんね。じっとしているのがだめなの。生まれつきの性格なの。漂って生きているの。ほら、前に植物園に連れて行ったでしょ? 沼に浮かんでいた根無し草。あれと一緒なの。いつか流されてどこかに行くかも……ナオ、悲しい顔をしないでね」
 それが最後だった。母親は時折、突拍子もないことを言うので、そのときも、また突拍子もないことを言って驚かせているのだと思って、ナオは気に留めなかった。しかし、それが別れの場面だったのだ。はっきりとどこかに行くと言ってくれたなら、ナオを「行かないで!」と泣いて引き止めたはずだった。

 半年後、多香子から由紀子に手紙が届いた。アメリカに幸せに暮らしていることが書いてあった。そして、もう二度と日本に戻る気はないとも書いてあった。その手紙をナオに見せることはしなかった。

 日本にいたとき、多香子は由紀子に、「ナオを育てられない」と愚痴をこぼしたことがある。
「自分の子供なのに?」と驚いて聞くと、
「ナオを見ていると、あの人のことを思い出してしまうの。憎しみのあまり、ついナオを傷つけてしまいたい衝動に駆られたりするの」
 そのせいか、多香子はナオにあまり愛情を注がなかった。その不足を由紀子が補った。そのかいもあって、ナオは素直でいい子に育った。

 多香子がアメリカに行って数年が経った。彼女は男と別れた。その知らせが由紀子に届いた。行間に多香子の寂しそうな顔を浮かんでいる。
由紀子は返事を書いた。ありふれた内容だった。本当は、『寂しいなら、帰ってきなさい』と書きたかったが書けなかった。娘と同じように由紀子もまた素直になれない女であった。

 ナオが十三歳になった。ナオは猫を拾ってきた。
 由紀子が驚いて、「どうしたの?」
「泣いていたの、雨に打たれて。かわいそうだから、連れてきた」と言った。
「私が面倒見るから置いていていい?」と聞いた。
「ちゃんと面倒見るならいいよ。おばあちゃんは猫が苦手だから」と言葉少なく答えた。
 猫の名をタマと名付けた。
 タマはなぜか、祖母に懐いた。多く餌をあげるだろうか。
一年後、タマが突然消えた。ナオは涙か枯れるくらいに泣いた。
「どうして、みんな、私を置き去りにするの? タマも……」
 由紀子は泣いているナオを抱きしめてあげた。母が消えた日と同じように。
「タマには、タマの生き方があるんだよ。きっと、どこかで幸せに生きているよ」とナオの涙を拭った。

 ナオが十七歳になったとき、ふと祖母の頭が白髪だらけなのに気づいた。背中もなぜが少し曲がったような気がした。
「おばあちゃん、ずっと元気でいてね」と言った。
「何を急に。ナオがお嫁に行くまで死なないよ」と笑った。
しかし、由紀子は自分の肉体の衰えを感じていた。ずっと働き続けたのも原因かもしれない。娘の多香子のことをずっと心配してきたことも原因かもしれない。体のあらゆる部分が衰えていることを確認する度に、死が近いと思わざるをえなかった。無論、そんなことはナオには言えなかったが。

 由紀子は、「もし、多香子が帰ってきたいとしたら、どうする?」とナオに聞いた。
ナオはすぐさま、「私は会いたくない!」と不機嫌そうに答えた。
「もう七年だよ。この家を出てから」と呟いた。
「好きな人はいる?」と由紀子は聞いた。
 突然の質問にナオはとまどった。
「いないの?」
 顔を赤らめながら、「いるよ」と言った。
「そうよね。いるわよね。十七歳だもの。恋するということがどういうことが分かるようになったでしょ? あなたのお母さんは自由奔放に生きているのよ。いろんな人と恋をして、いろんな悲しい経験をして、馬鹿なことを繰り返している。でも、それが多香子の人生なんだよ。分かる?」
「分からないよ。そんなの」
「ナオだって、悲しいことだって経験しただろ?」とじっとナオを見つめた。
 ナオは頬を赤らめ、「少しは」と答えた。
「いつかは分かるよ。あなたにも。由紀子の心が……、そんなに遠くない日にね」

 由紀子は具合が悪いといって病院に行った。検査の結果、直ぐに入院することになった。ナオは見舞いのために毎日病院を訪れた。
「ナオ、そんな来なくていいよ。大学受験なんだから」
「勉強はちゃんとしているよ。だから心配しないで」
 由紀子は医者からガンであることを宣告された。もっとも直ぐに死に至ることはないとも言われたが。
 由紀子は多香子に手紙を書いた。『ガンにかかっている』と書いた。だが、『会いたい』とは書かなかった。書かなくとも心が通じると思っていた。親子なのだから。

 雨に降っている日だった。突然、多香子が家に現れた。
作品名:クリスマスプレゼント 作家名:楡井英夫