小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

INDEX|44ページ/46ページ|

次のページ前のページ
 

「主人ですの」
 と慌てて氏を祖母に紹介する。が、紹介はなくても、さっきのライブでのやりとりで夫婦である事はみんな承知の上だ。
「孫ですのよ」
 微笑む祖母の顔が嬉しそうに輝く。
「息子の長男……」
 と航を見て、そのまま、
「……と、娘達の長男・長女」
 慎太郎と木綿花に視線を移して祖母が頷いた。
「あの……」
「お祖母さ……」
 戸惑う慎太郎と木綿花。
「まぁ!」
 航達三人の顔を見て、若林夫妻が驚く。
「いや、これは羨ましい」
「うふふ……」
 三人の顔を見回した祖母が肩を竦めて笑っていた。

  
 少しの雑談と、会場にあった食事を少しつまんで、慎太郎と航は自治会館を出た。
 出掛けに、若林氏に年末・年始のライブ予定を聞かれ、各々が帰省する事を告げて、
『三週間後に』
 と確認し合った。同時に、祖母から、
『冬に朝早くからだと、寒いから……』
 と心配され、自分達は勿論、聴きに来てくれる人達の体調管理も考えて、時間を一時間ずらす事となった。
 女子二人?
 航の予想通り、ケーキを焼いてきてくれた。周りにいた人達と分け合って、あっという間に完食! 二人だけに食べて貰いたかったらしく、女子二人はちょっとガッカリしているようだったが、
『みんなで食べると、量は減るけど、美味さ倍やな!』
 の航の言葉に二人して微笑み合う。
「食うたわー!」
 自治会館を離れての航の第一声。木綿花お手製の弁当をペロリと平らげ、クリスマス会の立食式の食事をから揚げを中心に(←この辺がお子ちゃま)一通り味わい、そして、女子手作りのケーキで締めくくった。
「お前、ずっと食ってたじゃん」
 ケラケラと慎太郎が笑う。
「“身長”じゃなくて“ウエスト”が増えるんじゃねーの?」
 航の腰部分をつまんで慎太郎が大袈裟に顔をしかめた。
「新陳代謝がええから、ちゃんと上に伸びますっ!!」
 片手を頭の上にかざし、背伸びをして航が言い返す。
「じゃ……」
 と、慎太郎が航の服の後ろ襟をつまんで、上へと引き上げる。
「何しとんねん!?」
「上に伸びるように、手助け」
 クックックッと笑う慎太郎に、
「いらんわいっ!!」
 航が怒鳴った。
 やがて、公園が見えてくる。
「団地からやと、吟遊の木立から公園に入る事になるんやな……」
 公園への近道を若林氏に教えてもらい、渡る横断歩道。森のように見える木々と幅の広い道路のお陰で、演奏されている音は団地側には殆ど聴こえない。団地側の環境も公園側の環境もちゃんと考えられているのだ。
「えぇ場所やねんなぁ」
 その場所に恵まれた事に感動しつつ、航が微笑む。
「よくぞ作ってくれましたって感じ」
 二人して頷き、公園へと足を踏み入れる。木々の間をすり抜けて、冬の風が二人の前髪を上へと吹き上げた。
「さぶっ!!」
 風をよけるように航が顔をそむけ、慎太郎がゴソゴソとポケットからホカロンをひとつ取り出して航に渡した。
「ほら、一個やるよ」
「サンキュー♪」
 頬擦りして、それを自分のポケットへとしまい込む。
「小田嶋さん、まだみたいやな……」
 歩きながら慎太郎の肩に手を置いて背伸びをして向こうを見る。
「だな……。その辺に座って待つか?」
 ギターと椅子を持つ自分より航の足を心配して、慎太郎が空いているベンチを探す。が、人が多い時間帯だ。ベンチが空いている様子などなく、仕方なく立ち木の周りを囲っている木製の囲いに腰掛けた。いつもの場所なら、隅っこだし人も少ないだろうからベンチも空いているだろう。でも、そこからだと、小田嶋氏の到着が見えない。折角先に着いたのだから、久し振りに一番前で見たかったのだ。
「遅いなぁ……」
「道が混んでんじゃねーの?」
 手持ち無沙汰……。と、
  
  ♪ いつも夢ばかり追いかけていた
  
 鼻歌混じりに、慎太郎が木綿花から貰った楽譜のコピーをギターケースから取り出した。
  
  ♪ 君がいる事が 当たり前だと思っていた
  
 そのコピーを隣から航が覗き込む。
  
  ♪ その笑顔 消えてしまったのは ぼくの所為だね
  
 自治会館での時のような囁くような小さな歌声。旋律も歌詞も、まだ自信がないから、周りに聴こえないようにそっと練習。
  
  ♪ 見上げる空も 見つめる明日も
  
 隣の航が音符とその下の歌詞を交互に見ながら、慎太郎の声のトーンに合わせて小さくハモる。
  
  ♪ つないだ手 二度と……
  
 ふと、さっきまで頬に当たっていた冷たい風の感触がなくなった。
  
  ♪ 明日へと続く道
  
 風がやんだのかと顔を上げる慎太郎と航の目に入る、人・人・人!
  
  ♪ 君とふたり……
  
 驚きつつもやめられずに歌い続ける。
  
  ♪ 歩いていくと 誓うよ……
  
 丁度ワンコーラス終わって周りを見る。集まっている人数に慌ててコピーをケースにしまうが、ケースを開けた事が裏目に出て、ライブをするものだと思い込んだ人だかりは動いてくれなくなってしまった。
「……どないすんねん?」
 航が予想外の出来事に震える手で慎太郎のコートの端を掴んだ。
「“どう”って……」
 小声に小声で慎太郎が返す。どうしたものかとあたふたする二人。そこへ、
「諦めて、やっちゃえば?」
 聞き覚えのある声がして、二人でその方向を見る。
「ズルイな。先に人を集めちゃうなんて」
 クスクスと笑いながら小田嶋氏が立っていた。
「“ズルイ”って……」
 困り顔で言う航に、
「君達の声を聴いて集まってきてくれたんだよ」
 小田嶋氏が笑顔のまま言う。どんなに小さい声でも、一人が気付いて立ち止まれば別の誰かがそれに気付き立ち止まる。そういう場所なのだ、ここは。
 小田嶋氏から観衆に目線を移し、そのまま隣の慎太郎を見ると、コートの裾を握っている航の手を慎太郎がキュッと掴んだ。無言のまま向けられた視線が「やるか?」と訊いている。慎太郎の手の中で、手の震えが止まっている事に気付いた航が視線で頷き返し、そのまま自分のケースを開けた。
「えっと……。今のはまだ練習段階で、“披露”にはほど遠いので……」
 “秋桜の丘”のタイトルを告げ、初めての午後のライブが始まるのだった。