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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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『こんな形で戻って来ても、わしらもちっとも嬉しないしな。かと言って、テコでも動かへんやろうし……。慎太郎くん、こっち来れるか?』
「え?」
『アホを一人、迎えに来てやって欲しいんやわ』
 祖父の切ないまでの言葉。
「わかりました」
 強く頷き、慎太郎は電話を切った。


 行くところがなくて、新幹線に飛び乗った。
 運良く空いていた席に一人で座る。外を見ることもなく、ただ、杖を抱きかかえていた。
「……なんで……」
 ひとりでいると、色々考え込んでしまう。
 “バイト”は口実で、本当は慎太郎ひとりでライブをしに行ったんじゃないか。いや、小田嶋氏に会っていたから、二人で……。でも、慎太郎はギターを持っていなかった。て事は、来週からやる為に……。
 あれやこれやと考えるが、どんな考えでも、行き着く先は“動かなくなった右足”。この足さえ動いていれば……。
「……違う……」
 “足”ではない。“頭”だ。ちょっとした事ですぐにダメージを受けてしまうこの“頭”の所為。
 泣きそうになって、杖を更に抱きしめる。こんなに辛い思いをするくらいなら、慎太郎と……、
「……会わんかったら良かったのに……」
 心と裏腹の言葉が口をついて出る。それが辛さに追い討ちをかけて、航は強く唇をかんだ。
  

 翌日早朝。飯島家の玄関先で、財布の中を確認しながら慎太郎が靴のヒモを結び直す。
「落とさないようにね」
 結び終わった息子の背中に母が声を掛ける。
「ちゃんと誤解解くのよ」
「分かってる」
 そして、家を後にする慎太郎。向かう先は、バス停→駅→新幹線→京都である。
 ――― 夕べ、風呂から出て来た母に、
「四万、貸して!!」
 と慎太郎。行き成りの申し出に、母が面食らう。
「バイト代が入ったら返すから!」
「なぁに? どうしたの?」
「航、迎えに行ってくる!」
「見付かったの!?」
 髪を拭いていた手を止めて、慎太郎の前に身体を屈める母。
「京都だって。……だから、交通費を」
「分かった」
 頷いて時計を見る。既に九時を回っていた。
「今日はもう新幹線がないから、明日にしなさい。交通費なら、出してあげるから」
 安心したようなしないような微妙な表情(かお)の慎太郎に、
「迎えに行って、色々な誤解をきちんと解いてらっしゃい。思ってる事、ちゃんと伝えて。くれぐれも、怒っちゃダメよ!」
 と、笑顔で念を押す。
 念を押され、次の日の為に布団に潜り込んだのはいいが、気になって殆ど寝ていない。眠れないついでに、早朝の新幹線で京都に向かう事にした。モヤモヤは早めに削除してしまいたかったのだ。
 急ぎ足で飛び乗った新幹線。十時には京都に到着するだろう。窓側の自由席に座り、外を眺めながら、慎太郎は昨日の電話を思い出していた。


「航、ご飯は? ……ギター、持ってこよか?」
 黙ったままの航に、祖母がしきりに声を掛ける。その横で、
「放っておきよし。甘えてるだけやねんから」
 とは、手厳しい姉の声。
 航の“甘え”も“わがまま”も承知している。それでも、その“甘え”で戻ってきてくれた事が、祖母は嬉しいのだ。
「帆波の言う通りや」
 仕事場から、祖父の声が響いた。
「確かめもせんで、勝手に拗ねて。小さい子供やないねんから」
「そやかて、お祖父さん……」
 拗ねたままの航を祖母がかばう。
「やりたい事を全部終えて、堀越さんとこも納得して、その上で帰ってきたんやったら、わしかて大歓迎や。そやけど、今回のは……。ちゃうわな、航?」
 頷きもせずに、航が口を尖らせる。
「ほんで。どないする気ぃや?」
 一仕事終えた祖父が、家族のいる居間へと戻ってくる。夕べ、慎太郎に電話をした事は航には言っていない。言ったが最後、余計にヘソを曲げてしまうだろうからだ。
 戻って来た祖父を黙ったまま睨みつける航。睨み返す祖父。
“ガタ”
 手元の杖を掴むと、航が立ち上がった。
「航!」
 祖父の声を背に受け、さっきまで祖父がいた仕事場へ行くと、機械前の背高の椅子へちょこんと座る。
「……やれやれ……」
 航の頑固さに、祖父が溜息をつくのだった。


「……ったく!!」
 新幹線の中、一人で頭を掻きむしる。手にした携帯は、何度かけても『着信拒否』なのだ。メールも送ってみたが、きっとそれも拒否されているだろう。仕方なしに、京都の家に直接かけてみるが、今度は留守電。
「航っ!! いるなら、出ろっ!!」
 怒鳴ったところで、誰も出ない。
「あの、バカ!」
 携帯をポケットにしまい、新幹線のドアの小さな窓から外を見る。
「……バカはお互い様、か……」
 航の性格は分かっている。それなのに、アルバイト探しで忙しくて連絡するのをすっかり忘れていた。揚句、昨日の電池切れである。これでは、きっと何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。
“くれぐれも、怒っちゃダメよ!”
 出掛けの母の言葉を思い出す。
「……自信ねーわ……」
 新幹線は【名古屋】を過ぎた。
  

「航。ほら、慎太郎くん」
 凄まじい怒鳴り声に苦笑いしながら、帆波が黙り込んだままの航に声を掛けた。段差だらけだった京都の家も、車椅子の帆波が移動しやすいように、すっかりバリアフリーだ。祖父の機械の前にある背高の椅子に腰掛けている航の横に、滑るように姉が移動してくる。
「めっちゃ怒ってはるえ、慎太郎くん」
 覗き込みながら微笑む姉から、フイと顔を背ける航。
「電話出て、サッサと謝ってしもたらええのに……」
「……俺、悪ないもん……」
 航の言葉に、“やっと喋ったと思たら……”と姉が呆れた。
「ウチ、お祖父ちゃんらと買い物出るけど、あんた、どないする?」
 年寄りと足の不自由な姉の三人暮らし。大きな買い物はまとめて日曜日に、が習慣となっている。時間がかかるのを見越して航に声を掛けたのだ。
「……ここに、居(お)る……」
 航としては、買い物どころではない。
「ほな、留守番お願いしてええ?」
「……うん……」
 へこんだままの航にやれやれと溜息混じりに笑い、姉は、祖父母の待つ奥へと戻って行った。
 やがて、身支度の済んだ姉が祖父母に付添われて買い物へと出掛けた。そこそこ広い祖父の作業場に一人、ポツンと椅子に腰掛けたまま、左足をプラプラと遊ばせながら航は遠くを見ていた。
 何がいけなかったんだろう……。どこで間違えたんだろう……。意地と背中合わせの後悔が足を振る度に加算されていく。繋がらなかった携帯も“切っていた”のではなく“切れていた”のかもしれない。慎太郎が小田嶋氏に会っていたのだって、自分に怒る資格はない。自分も、慎太郎に何も言わずに会いに行ったじゃないか。そもそも、この前のケンカだって、本当なら……今でも歌っていれば……起こらなかった筈だ。
“本当なら”。
「……本当……って……」
 揺れる左足の横で、その左よりずっと小さな振り幅の右足。遡っていけば、事故など起こっていなければ、父がいて母がいて元気な姉がいて、今も京都(ここ)に住んでいて……。
「……そしたら、シンタロとは会うてないか……」
 自分にとって、出会えた事が“本当”なのだと今更ながら思い知る。