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WishⅡ  ~ 高校1年生 ~

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 父が笑っていた。
『あのな、どっからかギターが……』
 航が言い終わらない内に、父が航の胸を指差す。
 “トクン、トクン”と響く鼓動に合わせて、少しずつギターの音が重なっていく。
『……俺の……音……?』
 航の頭を撫でながら、
『ええ音やな、お前も、友達も……』
 父が優しく笑う。
『うん!』
 航の笑顔を見届けるかのように、父の姿が消えていく。同時に、慎太郎の歌が“Graduation”に変わった。
『♪ 振り返れば……』
 消えていく父の姿を見送り、
『ちゃうやん!!』
 航が隣の慎太郎に声を上げた。
『それ、俺のパート!』
  ―――――――――――――――
「……それ、俺のパート……」
 航の手を握り締めていた慎太郎の手の震えがピタリと止まった。
「…………」
 目を見開いたまま言葉の出ない慎太郎とは対照的に、
「ストリートは? ここ……病院? ……なんで?」
 キョロキョロと辺りを見回し、航が首を傾げる。慎太郎の手が、航の手から離れ、そのまま航の両頬を掴んだ。
「痛たたたぃ!」
 両頬を引っ張られ、航が慎太郎の腕を掴み引き離す。
「何すんねん!?」
 慎太郎を睨む航。その丸い瞳が驚きに見開かれていく。
「……シンタロ……?」
 不思議そうに慎太郎の顔を覗き込む。なぜなら、
「泣いてる?」
 慎太郎の瞳から、見た事のないものが流れていたから……。
「バ……!!」
 慌てて腕で目元を擦り、慎太郎がベッドにセットされているブザーに手を伸ばす。
「何?」
「ナースコール! お前が目ぇ覚ました事、知らせなきゃなんねーだろ!」
 まだ涙の残る目で慎太郎が声を上げた。
「なんで?」
「お前、三日間、意識不明だったんだぞ!」
「……え?」
 航には何が何だか分からない。
「ストリートの帰りに電車の中で倒れたんだ。今日は五月六日!」
 そう言って、慎太郎がナースコールを押した。
 その様子を見ながら、航が事態を理解する。病院にいる理由(わけ)と初めて見る慎太郎の涙の理由(わけ)。
「なーなー、シンタロ」
 コールから手を離した慎太郎に航が笑う。
「心配やった?」
「は?」
「俺の事。心配やった?」
「言ってろ!!」
 ふざけるように笑う航と照れる慎太郎の元に看護師が駆けつけ、今度は担当医師を呼びにいく。準備が出来次第、とりあえず検査をすると言われ、航がうんざりな顔を慎太郎に向け、担当脳神経科医が席を外すと、入れ替わりにメンタル担当医が入室して来た。今まで静かだった病室内が、一気に慌しくなる。
「あと、五分もしたら、お祖父さん達が来ると思うよ」
 メンタル医が二人に微笑みかける。丁度、駅まで京都からの祖父母と姉を迎えに行っていて、タクシーでこちらへ向かっている所だというのだ。それを聞いた慎太郎の視線が窓の向こうに移動する。
「実を言うとね、このまま目を覚まさないようなら、週明けから部屋を移動する予定だったんだ」
 “意識が戻ったから言える事だけど……”と医師が笑った。
「移動って……?」
 問い掛けた航が、自分で気付く。以前、姉がいた病室……。きっと、そういう装置のある部屋だ、と。
「シンタロが呼んでくれてん」
 頷きながら、医師に笑う航。それに相槌を打ち、
「以前もそうだと聞いてね。飯島くんに居てもらえるようにしたんだ」
 “青春だねぇ”と医師が二人の肩を叩いた。
「“青春”って……」
「今どき、使わへんし……」
 二人がクスクス笑う病室の外、パタパタと騒がしい足音が聞こえ、三人揃ってドアの方に視線を移す。
 白衣に先導された影がドアのガラスに映り、扉が開いた。
「航!」「航ちゃん!」
 飛び込むように入って来た祖父母達を見て、慎太郎が席を立つ。航を取り囲む祖父母達を見ながら、慎太郎が少しずつ後退りする。そして、部屋を出ようと背を向けたその時、
「シンタロ!」
 航が出て行こうとする慎太郎に気付いて、声を上げた。
「どこ行くん!?」
 一瞬立ち止まるが、また、足を踏み出す慎太郎の背中に、
「シンタロ!!」
 航の声がぶつかる。
「祖父ちゃん! 祖母ちゃん! シンタロ、止めて!!」
 航の言葉に戸惑う祖父母達。
 更に行こうとする慎太郎を入り口近くの車椅子が阻んだ。航の姉である。黙って頷き、慎太郎の腕を掴む。
「ここに居(お)ればええやん!」
 航の言葉に慎太郎が振向くこと無く首を振る。
「……慎太郎くん……」
 腕を掴んだまま、戻るように姉が促すが、慎太郎は俯いたままだ。慎太郎から祖父母達に視線を動かし、航がピンと来る。
「祖父ちゃん、祖母ちゃん。シンタロになんか言うた?」
 祖父母達の視線が泳ぐ。
「シンタロ! なんか言われた?」
 首を振り、
「明日っから学校だから、授業のノート、取っといてやるよ」
 と一言言うと、航の姉の手をそっと払い、慎太郎は一歩踏み出した。そんな慎太郎を見て、航が祖父母達を振り払い身体を乗り出す。
「シンタロってば!!」
 身体を起こし、更に起き上がろうとしたその瞬間、
「うわっ!!」
 下半身に違和感が走り、航がベッドからずり落ちた。
「航っ!!」
 あわや、床に落下! という直前に、
「何やってんだよ!?」
 慎太郎が受け止める。
「……シンタロ……」
 抱えられた航が、慎太郎の腕を掴む。
「ちゃうねん……。俺、シンタロ、追い駆けようと思て……。そやけど……」
 そのまま下半身に目をやる航。慎太郎はというと、その腕に掛かる航の体重がやけに重い事に気が付いた。普通、いくら抱え込まれてるとはいえ、多少なりとも自分の身体は自分で支える筈だ。でも、この重さは駅で運んだ時と大差ない。という事は……。
「航……」
 何か言いた気な慎太郎に頷くと、
「足……ヤバイかも……」
 その耳元で小声で囁く。そして、医師等の手を借り航がベッドへと戻された。それを待っていたかのように、
「お祖父ちゃん、お祖母ちゃん!」
 みんなの一番後ろから、航の姉・帆波の声が響いた。
「分かったやろ? 慎太郎くんに謝りよし!」
 いつも穏やかな帆波の口調がいつに無く厳しい。
「やっぱし、なんか言うたんや!」
 ベッドに戻された航が祖父母達を睨みつける。
 重い空気が漂い始めた病室内、メンタル医師が割って入った。
「ほら、堀越くん。検査のお迎えが来たようだよ」
 言われてドアの方を見ると、脳神経科医師と看護師達の姿があった。
「シンタロ! 絶対に待っててや!!」
 祖父母達を睨みつけたまま、慎太郎に一言残し、航は検査室へと運ばれていくのだった。

  
「あれだけ元気なら、心配はいらないでしょう」
 航の居なくなった病室でメンタル医が笑顔で頷いた。
「後は検査の結果いかんですが……」
 メンタル医がチラリと帆波の方を見、帆波が苦笑いを返す。
「以前、堀越くんが倒れた時、飯島くんの“声”で目覚めたとあちらの病院から聞いていましたので、もしやと思い付添って貰いました」
 医師の言葉に慎太郎が驚く。
「今回も堀越くん言ってましたよ。“シンタロが呼んでくれた”って……。倒れた理由はどうあれ、飯島くんは堀越くんに必要なんだと、私は思います」
 医師の言葉に、帆波が一人頷いた。