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再会

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『再会』


 そうして、私は待っているのだ。昨日が今日になる時を。今日が明日になる時を。ずっと、待っているのだ。



 そこ、につくまで、私は彼の隣で外の景色を眺めていた。そこについての説明は聞いていたから想像してみようとしたのだが、うまくいかなかった。私は、あの家以上に大きな建物など入ったことがないのだから、当然と言えば当然だろう。それを悔しく思うと同時に、片隅では、想像するだけ無駄だとも思っていた。どれだけ想像してみたところで、どうせ、私が見ることはないのだから、と。
 その白い建物につくと、私は自ら袋に入った。袋の口が閉まっても、文句など言わなかった。彼は私に、先に説明してくれていたし、私もそれを理解していたから。
 ざわついているような、しんとしているような。不思議な空気に、建物の中に入ったのだろうと考える。移動の感覚、知らない声とのやり取り、また移動の感覚。何も見えなくとも、周りの雰囲気が変わっていくのはわかる。静けさに支配されたような、空間。
「こちらです」
 途中で増えた足音の主のものであろう声とともに、扉が開かれる音がした。
「もし何かありましたら、枕元のナースコールを押してください」
「ありがとうございます」
 失礼します、との言葉に続いて踵を返す音。そして、扉の閉まる音とともに、声の主の気配がなくなる。静かになった部屋の中、聞こえてくるのは、シュコー、シュコーという何とも言えない音。そして、
「この、ゆっくりとした音が、彼の中を流れる時間なんだね」
 繰り返し一定のリズムで刻まれる電子音に、彼は、静かに呟いた。誰かが聞いていたら、独り言だと思っただろう。けれど、私にはわかっていた。その言葉が、紛れもなく私に向けられたものだと。わかっていたからこそ、私は何も言わず、息をひそめ、身動き一つしなかった。ただ、静かに繰り返されるその音に、今「彼」の中を流れる時間に、耳を傾けていた。


 あの日、「彼」が家からいなくなった日。「彼」がその白い建物、ビョウインに連れて行かれた日のことは、よく覚えている。あれは、とても暑い日だった。目の前で、電話の最中に突然倒れて。階段の途中だったがゆえに、彼は転がり落ちていった。通話中だったその機械に向かって、助けて! と何度も叫んだ。電話の向こうにいたのが彼だったのは、フコウチュウノサイワイ、というものらしい。意味は、よく知らない。彼がそう言っていただけだから。少なくとも、私にとって救いだったことは確かだ。彼は数少ない、私の理解者の一人だったから。もし彼以外だったら、私は一人、「彼」の姿をこの目に焼き付けることになっていただろう。「彼」の、最後の姿を。


 突然、袋の口を開けられて、はっとした。いつの間にか、意識の海に沈んでいたようだ。よほど深く沈んでいたのか、もうすでに建物を出て、車内に戻ってきていた。袋から出て、じっとしていたせいで固まってしまった体を伸ばすと、彼が「すまないね、辛かったろう」と苦笑した。それを軽くねめつけて、来た時と同じように、また窓の外を眺める。思っていたより、長くあそこにいたようだ。来た時よりも、すべての影が長く伸びている。動き出した景色の中、一度だけ、「彼」のいる白い巨大な建物を見つめ、そして、そっと瞼を下した。


 彼が玄関のカギを開け、扉を開けてくれるのを待ち、彼より先に家の中へと入る。ここは「彼」の家ではあるけれど、私の家でもあるから、当然だろう。今は、人は誰もいないこの家で、けれど「おじゃまします」と、生真面目な彼は必ず口にするから、私もいらっしゃい、と返事をすることにしている。そして彼はそれを聞いてくすりと笑い、私はそれを軽くねめつける。「彼」がここからいなくなってから、日に二回、繰り返されるそれは、もはや繰り返されすぎて、どこか儀式めいたものとなっていた。
「朝の分の皿は、片づけておいたから。夕飯はいつものところだよ。少し早いけど、好きな時に食べるだろう」
 お気に入りのソファーでゆっくりしていると、彼の声が聞こえた。ひらりとソファーから降りて玄関に向かうと、ダイニングキッチンから、捲り上げていたのだろう袖をもとに戻しながら、彼が出てくるところにはち合わせた。
「それじゃあ、おじゃましました」
 帰る時にも律儀に挨拶をする彼を、ありがとう、と見送る。鍵がかけられるのを確認してから、また、ソファーに戻った。
 

作品名:再会 作家名:りりす