むべやまかぜを 風雲エターナルラブ編2
――アネキはあれでいつも黙ってるだけで、本当は結構感情が激しいからなー。
知らぬが仏。夜道で抱きついてきた酔客に裏拳を飛ばした上に踵を叩き込んでそいつの顎を叩き割ったことを知っているのは丸山花世だけ。
――血反吐はいてのたうってたからなー、あのおっちゃん……。
アスファルトの上、少し笑ったように口から地を垂れ流して昏倒する中年男の姿を物書きヤクザも覚えている。それは壮絶な光景。脳裏に焼きついて離れない思い出。
物書きヤクザに言わせれば、暴力を使わない自分のほうがましと言ったところだが、両親は何故か実の娘よりも本家のご息女の言うことを信用するのだ。
――私がちゃんと見ているから大丈夫ですよ。花世ちゃんは十分に実力もあるし、これから先が楽しみですよ。
などと言う大井弘子のそのような言葉に、ヤクザな小娘を持つ両親はいつも卑屈に頭を下げるのだが、身柄を預けられる妹のほうは内心渋い顔であるのだ。
――私が罵声を担当しているからアネキは聖人君子をやってられんじゃないか?
いわば自分はヨゴレ役。不満を爆発させるのはいつも妹の役回り。丸山花世が言いたい放題で他人をくさして回ることで、大井弘子は溜飲を下げ、だからストレスも発散できる。妹の無分別があるから姉は分別を保っていられるのではないか――。丸山花世もそのようなことを思うことがあるのだ。
もっともそれでは、反骨精神の塊である丸山花世に順当な発言ができるかというとそういうわけでないことは本人が一番良く知っている。
――ま、人には似つかわしい役回りってあっからな……。
姉には姉に向いた役があり、はねっ返りの妹には妹に向いた生き方がある。
そして。
ぼんやりとしていた丸山花世の視界に、昨日と同じように本家の才媛が飛び込んでくる。
五分ほど遅刻、であった。
本日はチノパンに白いブラウス。パーカーを羽織った大井弘子。美人の作家は昨日と同じようにカバンをひとつ。
「ごめんなさいね。少し遅れてしまって」
「ああ、うん。いいよ。どーせ今来たところだし……」
妹は言い、姉は続ける。
「いろいろと気になることを調べていて……」
「16CCのこと?」
「そうね」
言葉の調子で、妹は姉の心のうちを大体察することかできる。
「あんまり良い感じじゃ……ない?」
作品名:むべやまかぜを 風雲エターナルラブ編2 作家名:黄支亮