天秦甘栗 夢路遠路1
そう言われると秦海には止められない。他人が羨む大邸宅に住みながら、そこが嫌だと逃げてしまう天宮を、普通の人は理解できないだろう。だが、秦海はそんな天宮に惚れているのだから仕方ない。そんなふうに自分の価値観で生きている天宮だからこそ、秦海は天宮が側に欲しいのだ。それは天宮を征服するのではなく、天宮が自身で秦海を伴侶と認めて側にいてほしい。だから、秦海は残念そうに、ふーっと溜め息をひとつついて、「無理なスピードで帰るんじゃないぞ、天宮。」 と、認めてしまうのだ。
秦海の夢は実現した。今、天宮は側に居る。しかし、完全ではない。いつか、完全に夢がかなう日が来たとしても、秦海はそれでは満足できなくなっているだろう。夢はかなうと、次の夢をみる。いつまでたっても、堂々巡りをするばかりである。だから、いっそ、夢を越えてしまえばいい。いつか、自分が天宮の住む楽園に住めばいい。それが、秦海にとっては、夢を実現するよりも難しいことではあるだろうが、夢を越えればできないことはない。それまでは、同居人という立場に甘んじているとしようと、秦海は自分の前で猫まんまをおいしそうに食べる天宮にやさしい視線を送った。
作品名:天秦甘栗 夢路遠路1 作家名:篠義