印南寿の黒魔術
探偵という人種はまわりくどいことが好きである。おれはいささか呆れて周囲を見渡した。そのせいで、印南さんの手の動きを読むのが遅れ、脇腹を突かれた。
『ボランって、なんのことだ』
「マーク・ボラン。70年代の伝説的アーティストですよ」
噎せながら、答える。
「30までに死ぬだろうと予言して、そのとおりに死んだんです。愛人の運転していた車が事故を起こして、助手席にいた彼だけが死にました。ちょうど今回の事故にそっくりだったんで、思い出したんです」
『なるほど』
印南さんはゆっくりと頷いた。
『なら、やっぱり、殺人だな』
「どういうことですか」
『万代も、おまえとおなじことを思っていたんだよ。章子は宇佐美の死に対してあまりに無頓着すぎるって』
「それがどうしたんです」
『黙って章子に遺産を持っていかせるのが癪だったんだ。おれたちはおまけさ。本当は、その前にすべて終わっていた』
わけがわからないという顔をしていたのだろう。おれの肩を押して、印南さんは車にもどった。
『無理心中だと思っていたんだ』
花束の塊を眩しそうに見つめながら、印南さんが首を曲げる。
『万代は宇佐美の音楽的、精神的な衰えを見ていられず、ボランとやらのように伝説にしようとした。しかし、事務所も妻もつめたく、マスコミもすぐにわすれてしまう。それでおれたちのところにきたんだろう。盛り上げ役ってわけだな』
「自分も死を覚悟していたんでしょうか」
『さあな。しかし、生き残るという確信はあったはずだ』
「どこからそんな自信が」
『ボランは死んだが、愛人は生き残ったんだろう』
印南さんのものとは思えない黒魔術的な発想だったが、万代がそんなふうに考えていても不自然ではない気がした。結果的にそのとおりになったのは偶然だったかもしれないが、たとえともに死ぬことになっても、それはそれでかまわないと思っていたのではないか。
ふたりは愛人同士の関係だったのだろうか。おれと印南さんを交互に見る万代の眼差しを思い出しながら、散漫に思った。やっかいな問題だ。
「依頼人には、なんといいますか」
おれの質問に、印南さんは首をすぼめた。
『伝説だろうが犬死にだろうが、死人は死人だ。生きてる人間のほうが大事さ』
話は終わったとばかりに、印南さんはリクライニングを倒し、目を瞑った。彼を乗せて電柱に突っ込むというとりとめのない空想をめぐらせながら、おれはイグニッションを回した。
おわり。