ちょっと不思議な夏のお話
のんちゃんは港へと急ぎました。あっちの角を曲がり、こっちの角を曲がりして、港にたどり着きました。
港は今、閉鎖中でした。うまい具合に誰もいなくて、のんちゃんはすぐに倉庫に入り込みました。中は相変わらず蒸し暑く真っ暗です。
だんだんと目が慣れてきだした頃、のんちゃんは誰かいるのに気づきました。
「お父さん」
のんちゃんは嬉しそうにかけよりました。しかし、それは人間ではありませんでした。
大きな猫だったのです。
「めろん!」
大きな猫だと思ったものは、実はたくさんの猫が山積みにされてあったものでした。猫はみんな死んでいました。むっとしたその臭いに、のんちゃんはなぜ気づかなかったのでしょう。
しかし、のんちゃんはそんな事どうでも良かったのです。なぜならその山の一番上に、のんちゃんの見覚えのある猫がいたからなのです。
のんちゃんはめろんを抱き上げました。
「めろん、めろん、どうして」
のんちゃんは、めろんがまだ生きていることに気がつきました。
「のんちゃん、ごめんね」
めろんの声は、ちょうど一年前、あの時のお父さんの声とそっくりでした。
「何で。どうしてごめんって言うの」
のんちゃんの声は涙でうわずっています。のんちゃんは、はたと気づきました。この会話は、一年前にもやったんじゃないかしら。
のんちゃんはこの後の展開に、予想がつきました。
「のん、どうして、こんな」
突然現れたお母さんは、ところに、と言おうとして固まりました。
「猫!」
重なり合った猫の死骸を見て、お母さんはとても嫌な顔をしました。のんちゃんはそんなお母さんを横目に死骸の山へ。
「のん、どうしたの。やめなさい」
「めろん、今度は私も、連れていってね」
のんちゃんは、猫の山に向かって思い切りよく飛び込みました。死体のほとんどが腐っているらしく、のんちゃんはたやすく埋もれていきました。
どのくらい時間がたったでしょうか。お母さんははっと我に返りました。いつの間にか死骸の山は消えていました。それどころか、猫の一匹も見あたりません。
お母さんは倉庫の外や中を行ったり来たりしました。でも、のんちゃんも猫もいませんでした。
お母さんはふらふらと家に帰りました。のんはもともといなかった。そうよ。もともといなかったのよ。そう自分に言い聞かせていました。
私の夫もいなかったし、ましてや娘も。
そして、私も。
お母さんは家に着いた後、引き出しからライターを取り出して、お母さんはぼんやりと考えました。
なんで家にライターがあるんだろう。もちろん、たいていの家にはある。でも、それだけじゃないような気がする。タバコに点火する。いえ、私はタバコが嫌い。
そういえば、私ってどうしてこんなに猫が嫌いなのかしら。のんはあんなに。
ライターが落ちました。
のんって誰。私の娘。いえ、私に娘はいない。だって私、まだ独身だもの。
それに。のんって名前、私の名前じゃなかったかしら。
しばらくして、消防車と救急車のサイレンがお母さんの耳に入りました。
どこの家。火事なんて間抜けな事やったの。ああ、あついなあ。夏だもの。
そこからお母さんの記憶はありません。
そして。
「めろんの莫迦。いっしょに行こうって、言ったのに。連れていってって、言ったのに」
港の倉庫の中、のんちゃんは奥の方でめろんを抱きしめていました。気温は暖かいをとっくに通り過ぎているのに、どんどんめろんの体は冷たくなっていきます。
のんちゃんはそれはもうぎゅうぎゅうと抱きしめたものだから、服にたくさんの赤いシミを付けてしまいました。
のんちゃんはさらにきつく抱きしめました。すると、何かが千切れるような、そんな音がしました。それはとても小さな音だったのに、のんちゃんにははっきりと聞こえたのです。
音の正体は、めろんからでした。のんちゃんは、抱きしめるのをやめて、めろんを持ち上げました。
動かない、どろりとしためろんを見たのんちゃんは、悲鳴を上げて駆け出してしまいました。
そして叫ぶのです。心の底から。
「猫なんて嫌いっ」
あついあつい、夏の日のお話でした。
作品名:ちょっと不思議な夏のお話 作家名:長野誠