ちょっと不思議な夏のお話
あついあつい、夏の日のお話です。
港町の一軒家に、一人の女の子がいました。女の子はのんちゃんと言いました。のんちゃんはとても元気な女の子なのです。
しかし、のんちゃんにはひとつの大きな悩み事がありました。それは、のんちゃんにはお父さんがいないということでした。
お父さんは、のんちゃんがまだ小さい時に、どこかへ行ってしまったそうです。その事で、のんちゃんは色々とつらい目に逢ってきました。
でも、のんちゃんはそんなことではくじけません。いつか、お父さんに会いたいなあ、と思っていました。でも、お母さんにそれを言うと、いつも嫌な顔をされるので言えませんでした。
お母さんは、お父さんの事が嫌いみたいです。のんちゃんに、お父さんについては何も教えてはくれませんでした。
お母さんは、いつもいつもお家にいません。朝早くから夜遅くまで、お仕事で忙しいからです。でも、のんちゃんはけっして寂しいとは思いませんでした。お家には時々遊びに来る猫のめろんがいるからです。
のんちゃんはめろんには何でも話しました。お父さんの話になると、めろんも一緒になって真剣に考えてくれました。そういうとき、のんちゃんはお母さんよりめろんのほうが好きでした。
のんちゃんはめろんが大好きでした。でも、のんちゃんのお母さんはめろんの事を嫌がっていました。お母さんは猫が大嫌いなのだそうです。だから、めろんを飼うことはできませんでした。
のんちゃんは、ときどき遊びに来るめろんだけが友達なのに、と辛そうでした。めろんはそんなのんちゃんを見て、
「大丈夫だよ。じゃあ、これから毎日来るからね」
と言いました。のんちゃんは、こんなにめろんは優しいのに、どうしてお母さんは嫌いなのかな、と思いました。
のんちゃんにひらがなや時計の読み方を教えてくれたのも全部めろんでした。のんちゃんが一番初めに書けた字は、『のん』と『めろん』でした。今では『おかあさん』も『おとうさん』も書けます。
そんなある日、のんちゃんはめろんにこう言いました。
「私、おとうさんに会いたい」
するとめろんが言いました。
「じゃあ、明日会ってみるかい?」
のんちゃんはうれしくてうれしくて首をぶつけるような勢いで振りました。そして、めろんをぎゅうっと抱きしめました。めろんはとても暖かくて、お天道様の匂いがするようでした。
次の日、のんちゃんはめろんと一緒に港まで散歩をしました。本当はお家の外へは行ってはいけないのですが、めろんが「港へ行こう!」と誘ったからでした。
のんちゃんは麦わら帽子をかぶって、お家の鍵をしっかり持って歩いていきました。港へ着いて、のんちゃんはびっくりしました。
そこらじゅう、猫でいっぱいでした。足の踏み場もないほど猫で埋め尽くされていました。にゃあにゃあ、にゃごにゃごと猫の鳴き声がしています。子猫、黒猫、白猫、トラ猫、三毛猫に日本猫、どんな猫だっています。のんちゃんは、港ってこんな場所だったかしら、これじゃあ猫の集会所じゃないの、と思いました。
そして、めろんはその猫達の中に混じっていきました。のんちゃんは困りました。こんなにいっぱい色んな猫がいたら、どれがめろんなのか分かりません。
のんちゃんは頑張ってめろんを探しました。すると、それほど苦労をせずに、のんちゃんはめろんを見つけることができました。めろんは特に目立った特徴はないのに、まるで何かでつながっているようでした。
のんちゃんは他の猫を踏まないように、めろんのそばまで歩いていきました。
「めろん、どうしたの」
「のんちゃん、」
めろんはのんちゃんの足下にすり寄りました。しかしのんちゃんはお父さんの事が気になって気になって仕方がありませんでした。
「お父さんは、」
のんちゃんは、しゃがんでめろんに訊ねました。めろんは黙ってするりと倉庫の中に入りました。のんちゃんはついてこい、という事だと思って、めろんの後に続きました。
倉庫の中は蒸し暑く真っ暗でした。のんちゃんの目は、めろんみたいにすぐに暗闇になっても平気な作りになっていないので、慣れるまで少し時間がかかってしまいました。
目が暗闇に慣れだしてきて、暑さに汗が噴き出してきた頃、のんちゃんは気が付きました。倉庫の奥の方に、誰か、人間がいるのです。
「お父さんなの」
のんちゃんは質問しました。何となく、そんな気がしたのです。でも、その人は座り込んでいて、とても具合が悪そうでした。
「大丈夫」
のんちゃんはさっきとは違う質問をしました。恐る恐る、のんちゃんはその人に近づきました。
「のん」
男の人が急に言ったので、のんちゃんは思わずびくりとしてしまいました。
「ごめんな」
男の人は何故か謝りました。のんちゃんには男の人がどうして謝るのか分かりませんでした。
「どうして、ごめんって言うの」
のんちゃんは、やっぱりこの人がお父さんなのかな、と思って、男の人に寄っていきました。
「お父さん、でしょ。違うの。」
のんちゃんはもう、この人がお父さんだと信じて疑いませんでした。
「会いたかったんだよ。お父さん、ずうっと」
と、急に倉庫の扉が開きました。
「のん、どうしてこんなところまで来てるの」
のんちゃんが振り向くと、お母さんでした。倉庫の外は、いつの間にかもう真っ暗です。涼しい風が、のんちゃんの髪をなぶりました。
のんちゃんが男の人のいた方向へ向くと、そこには誰もいませんでした。ぐるりと見回しても、のんちゃんとお母さん以外、だあれも、何にも見あたりませんでした。めろんもいません。お母さんが何か怒っていましたが、のんちゃんは聞かずに、急いで倉庫の外へ出ました。
港は、とても静かでした。さっき涼しいと思った風は、潮を含んでいて、今では生温かくあります。あれだけいた猫達は、一匹も見つけることができませんでした。のんちゃんは、また倉庫へと向かって走りました。
「お母さん、猫は、」
のんちゃんは、お母さんにこう聞きました。
「猫ですって。どこにいるの」
のんちゃんは、何だかとても悲しい気持ちになってしまいました。
めろんやお父さんは、一体どこに行ってしまったのでしょう。のんちゃんは、自分もいっしょに行きたかったという思いでいっぱいでした。
結局、のんちゃんは諦めて、お母さんの小言を聞きながらお家に帰りました。家に帰る途中で、めろんがいるかどうか探してみたけれど、猫は一匹も見つけることができませんでした。
それからもう、ずっとめろんを見かけることはありませんでした。のんちゃんは、それからお父さんの事も、めろんの事も一切口にしませんでした。
一年がたち、また蒸し暑い季節がやって来ました。
お母さんは仕事から帰った後、のんちゃんにこう言いました。
「のん、今までずっと黙っていたけど、もう私の言うことが理解できる年齢よね」
のんちゃんはなんだろうと思ってお母さんの方へ向きました。
「お父さんは、のんが生まれる前に死んでるのよ」
「うそよ!」
のんちゃんは走り出しました。そんなことがある訳がない、だってお父さんに会ったことがあるもの、あの港で。
港町の一軒家に、一人の女の子がいました。女の子はのんちゃんと言いました。のんちゃんはとても元気な女の子なのです。
しかし、のんちゃんにはひとつの大きな悩み事がありました。それは、のんちゃんにはお父さんがいないということでした。
お父さんは、のんちゃんがまだ小さい時に、どこかへ行ってしまったそうです。その事で、のんちゃんは色々とつらい目に逢ってきました。
でも、のんちゃんはそんなことではくじけません。いつか、お父さんに会いたいなあ、と思っていました。でも、お母さんにそれを言うと、いつも嫌な顔をされるので言えませんでした。
お母さんは、お父さんの事が嫌いみたいです。のんちゃんに、お父さんについては何も教えてはくれませんでした。
お母さんは、いつもいつもお家にいません。朝早くから夜遅くまで、お仕事で忙しいからです。でも、のんちゃんはけっして寂しいとは思いませんでした。お家には時々遊びに来る猫のめろんがいるからです。
のんちゃんはめろんには何でも話しました。お父さんの話になると、めろんも一緒になって真剣に考えてくれました。そういうとき、のんちゃんはお母さんよりめろんのほうが好きでした。
のんちゃんはめろんが大好きでした。でも、のんちゃんのお母さんはめろんの事を嫌がっていました。お母さんは猫が大嫌いなのだそうです。だから、めろんを飼うことはできませんでした。
のんちゃんは、ときどき遊びに来るめろんだけが友達なのに、と辛そうでした。めろんはそんなのんちゃんを見て、
「大丈夫だよ。じゃあ、これから毎日来るからね」
と言いました。のんちゃんは、こんなにめろんは優しいのに、どうしてお母さんは嫌いなのかな、と思いました。
のんちゃんにひらがなや時計の読み方を教えてくれたのも全部めろんでした。のんちゃんが一番初めに書けた字は、『のん』と『めろん』でした。今では『おかあさん』も『おとうさん』も書けます。
そんなある日、のんちゃんはめろんにこう言いました。
「私、おとうさんに会いたい」
するとめろんが言いました。
「じゃあ、明日会ってみるかい?」
のんちゃんはうれしくてうれしくて首をぶつけるような勢いで振りました。そして、めろんをぎゅうっと抱きしめました。めろんはとても暖かくて、お天道様の匂いがするようでした。
次の日、のんちゃんはめろんと一緒に港まで散歩をしました。本当はお家の外へは行ってはいけないのですが、めろんが「港へ行こう!」と誘ったからでした。
のんちゃんは麦わら帽子をかぶって、お家の鍵をしっかり持って歩いていきました。港へ着いて、のんちゃんはびっくりしました。
そこらじゅう、猫でいっぱいでした。足の踏み場もないほど猫で埋め尽くされていました。にゃあにゃあ、にゃごにゃごと猫の鳴き声がしています。子猫、黒猫、白猫、トラ猫、三毛猫に日本猫、どんな猫だっています。のんちゃんは、港ってこんな場所だったかしら、これじゃあ猫の集会所じゃないの、と思いました。
そして、めろんはその猫達の中に混じっていきました。のんちゃんは困りました。こんなにいっぱい色んな猫がいたら、どれがめろんなのか分かりません。
のんちゃんは頑張ってめろんを探しました。すると、それほど苦労をせずに、のんちゃんはめろんを見つけることができました。めろんは特に目立った特徴はないのに、まるで何かでつながっているようでした。
のんちゃんは他の猫を踏まないように、めろんのそばまで歩いていきました。
「めろん、どうしたの」
「のんちゃん、」
めろんはのんちゃんの足下にすり寄りました。しかしのんちゃんはお父さんの事が気になって気になって仕方がありませんでした。
「お父さんは、」
のんちゃんは、しゃがんでめろんに訊ねました。めろんは黙ってするりと倉庫の中に入りました。のんちゃんはついてこい、という事だと思って、めろんの後に続きました。
倉庫の中は蒸し暑く真っ暗でした。のんちゃんの目は、めろんみたいにすぐに暗闇になっても平気な作りになっていないので、慣れるまで少し時間がかかってしまいました。
目が暗闇に慣れだしてきて、暑さに汗が噴き出してきた頃、のんちゃんは気が付きました。倉庫の奥の方に、誰か、人間がいるのです。
「お父さんなの」
のんちゃんは質問しました。何となく、そんな気がしたのです。でも、その人は座り込んでいて、とても具合が悪そうでした。
「大丈夫」
のんちゃんはさっきとは違う質問をしました。恐る恐る、のんちゃんはその人に近づきました。
「のん」
男の人が急に言ったので、のんちゃんは思わずびくりとしてしまいました。
「ごめんな」
男の人は何故か謝りました。のんちゃんには男の人がどうして謝るのか分かりませんでした。
「どうして、ごめんって言うの」
のんちゃんは、やっぱりこの人がお父さんなのかな、と思って、男の人に寄っていきました。
「お父さん、でしょ。違うの。」
のんちゃんはもう、この人がお父さんだと信じて疑いませんでした。
「会いたかったんだよ。お父さん、ずうっと」
と、急に倉庫の扉が開きました。
「のん、どうしてこんなところまで来てるの」
のんちゃんが振り向くと、お母さんでした。倉庫の外は、いつの間にかもう真っ暗です。涼しい風が、のんちゃんの髪をなぶりました。
のんちゃんが男の人のいた方向へ向くと、そこには誰もいませんでした。ぐるりと見回しても、のんちゃんとお母さん以外、だあれも、何にも見あたりませんでした。めろんもいません。お母さんが何か怒っていましたが、のんちゃんは聞かずに、急いで倉庫の外へ出ました。
港は、とても静かでした。さっき涼しいと思った風は、潮を含んでいて、今では生温かくあります。あれだけいた猫達は、一匹も見つけることができませんでした。のんちゃんは、また倉庫へと向かって走りました。
「お母さん、猫は、」
のんちゃんは、お母さんにこう聞きました。
「猫ですって。どこにいるの」
のんちゃんは、何だかとても悲しい気持ちになってしまいました。
めろんやお父さんは、一体どこに行ってしまったのでしょう。のんちゃんは、自分もいっしょに行きたかったという思いでいっぱいでした。
結局、のんちゃんは諦めて、お母さんの小言を聞きながらお家に帰りました。家に帰る途中で、めろんがいるかどうか探してみたけれど、猫は一匹も見つけることができませんでした。
それからもう、ずっとめろんを見かけることはありませんでした。のんちゃんは、それからお父さんの事も、めろんの事も一切口にしませんでした。
一年がたち、また蒸し暑い季節がやって来ました。
お母さんは仕事から帰った後、のんちゃんにこう言いました。
「のん、今までずっと黙っていたけど、もう私の言うことが理解できる年齢よね」
のんちゃんはなんだろうと思ってお母さんの方へ向きました。
「お父さんは、のんが生まれる前に死んでるのよ」
「うそよ!」
のんちゃんは走り出しました。そんなことがある訳がない、だってお父さんに会ったことがあるもの、あの港で。
作品名:ちょっと不思議な夏のお話 作家名:長野誠